見出し画像

素敵な靴は、素敵な場所へ連れっていってくれる。 34

 その日は、急な案件が入って来て、南村のセクションは朝から忙しかった、いつもは、冷静な南村が、殺気立った雰囲気になり、部内はピリピリしていた。大津も昼前に南村のデスクまできて、何やら二人で打ち合わせをしていた。その時の大津の表情も厳しかった。
 有美も、時には若い社員に指示を出したり、南村からの指示に応えたり、寸分の時間も惜しい様な状態だった。
いつものように食事を誘いに来た紗季にも、有美はごめんと、今日はだめだわといったきりだった。 
 午後遅くなって、有美は、パソコン越しに見える、南村の表情が、少し緩んできているのが分かった。まとめたデータを南村のデスクへ持っていくと、彼女は、ちらっと有美を見て、
「ありがとう、ほんと、なんであそこは急にこんなこと言ってくるんだろう・・
こまるよね、そんな急にいわれても・・・・」
持ってきたデータの書類を見ながら、南村はそう嘆く、暑いのか胸元から覗く、シルバーのネックレスに、汗が光っていた。
 有美は今日分のデータをセクションのクラウドへ送り込むと、小さく息をついて、酷使した目を休ませようと目を閉じた。
 忙しかった一日もようやく、終わりだ。
 すぐに目を開けると、フロアーにはもう、数人しか残っていなかった、南村もいつの間にか帰ったようだ。
 有美は、手早く周りを片づけると、部屋を出た。
 1階でエレベーターを降りると、有美は、ゆっくりと出口の方へ向かう。
 少し遅い時間帯だったので、いつもは、誰かが乗っていることが多いエレベーターも、1階まで、だれも乗ってこなかった。
エレベーターを降りて出口までは、両側がガラスの回廊になっていて、その先に円形のエントランスホールがある。
中央に大きな円形のソファーがあり、昼間そこは、このビルで働く人たちが休憩したり、来客の人たちなどで、いつも人で一杯だった。あの絵もその上部に飾られている。
誰もいないと思った、エントランスホールへ入っていくと、
そのソファに南村がいた。彼女はソファに腰かけて、両手を後ろにやり、きれいな紺色のテーパードパンツに包まれた、細く長い脚をピンと伸ばして、寛いだ格好であの絵を見ていた。だらしなく脱いだパンプスが、足元に転がっていた。
 南村は、有美に気づくと、顔だけ有美の方へ向けて、
「あっ、仕事終わった? お疲れ様、大変だったね、今日は。ありがとうたすかったわ。」
 そう、笑顔で有美に話しかけた。
 有美は、南村のすぐ横まで近づくと、
「お疲れさまでした、ほんと大変でしたね。」
 と返事をした。
 有美が、何されてているんですかと、聞くと、南村は、少し笑って
「この絵を見てるのよ。」
 と顎であの絵を示した。
「へぇ、この絵、・・・・お好きなんですか?」
 有美は立ったままもどうかと思い、横に腰かけた。
「うん、すきよ、なんか、色遣いがきれいで、女性たちが凄くきれいに描かれてるわ・・・・・意外だった?」
「いえ、そんなことは。」
「たまにね、こうして頭を空っぽにして、この絵を見るの、するとなんか、すぅと体から嫌なものが抜けていくような気がして、癒されるんのよ・・・」
 言葉には表さなかったが、有美には少し意外だった、女性にしては強靭なメンタルの持ち主だと思っていた彼女が、案外弱い面も持ち併せていること、しかもその拠り所の一つがこの絵だったこと、有美は南村がさらに近い存在のように思えてきた。
「あなた、この絵の作者知ってる?・・・」
 有美は、とっさに思い出せなかった。
「・・・ミチオタケヤっていうだけど、初めはこんな絵ばかり描いていたらしいんだけど、最近は映像や映画とも撮ってるらしいわ・・・・」
「詳しいですね・・・」
「こう見えても、アートには少し興味があるのよ。」
有美は、心の中で、そうだ、ミチオタケヤだと、思い出した。
 拓海の件を言うまでもなく、その方面は全く疎い有美とっては、そのくらいの知識は一般の女性は持っているものなのかと、改めて思った。
「けど、この絵、わたしも好きです。」
南村に合わせたわけではなく、それが有美の本音だった、例の一件以来、この絵が南村と同じように、有美にとっても、心のよりどころの一つだ。
「南村さん、この三人の女性のなかで、どの絵の女性が一番好きですか?」と、有美が聞く。
 そう有美が、聞くと、南村は、初めは少し驚いたように、えっ?といって、有美の方へ一瞬顔を向けると、すぐにまた、正面の絵を見つめながら、
「面白いことを聞くわね、あなた。」
 と、少し笑いながら、
「そうねぇ、真ん中の女性かな。」
と、話した。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

今宵も最後まで、お読みいただきありがとうございました。

少し長くなりましたので、次回あらすじを再掲します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?