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素敵な靴は、素敵な場所へ連れて行ってくれる。 42

 大津に付き合い、近くのバーへ二人で行った。そこは小さなビルの5階にある店で、表通りに面してはいるが、それとはわかりにくい店だった。
 大津は、ここへはよく来るのか、慣れた足取りで、ビルの小さな入口から、エレベーターで店へと入った。
 重そうな木目の扉を開けると、大きなカウンターが窓に向かって設えてあり、ちょうど六本木方面の夜景が正面に見えた。週末で店内は、混んでいたけれど、カウンターにちょうど空きがあった。
 注文を終えると、大津は小さく溜息をついて、有美の方を見て、
「あいつ、どこへいくつもりなんだろう?」
「南村さんのことですか?」
「そう。」
「そんなに、気になるんですか?」
 有美は、あえて正面をむいて目を合わさずそう聞いた。
「そんなことはないけど、いつもなら、来るなと言ってもついてくるくせに、今日に限って、さらりと帰ったんで、すこし拍子抜けたよ、君に気を使ったのかな。」
 不思議そうに、そういうと、運ばれてきたクラスで、お互い乾杯した、大津はおいしそうに、ウィスキーを流し込むと、少し饒舌になって、自分の事についていろいろと話しだした、さっきとは少し違い、ゆっくりと、仕事の事、自分のキャリアのこと、語り変えるように、有美に話し出した。カウンターで互いに目を合わすことはなかったけど、それでも有美は時々、大津の横顔を眺めながら、彼の話を聞いていた。
有美は、その時までは、大津はまだ、南村に少しは、未練がるのだろうと考えていた、前の店で聞いたときの彼の答えは、本音じゃないとも思っていた。
そのことを、正直に彼に、もう一度少し聞いてみたい気持ちも少しはあったのだけれど、あえて自分からはもう聞こうとはしなかった。
 
 「さっきは、茉優に茶々を入れられて言えなかったけど、ほらあの時、君があの絵をみていたとき、今から思うと、なんか声をかけるのも憚られるくらい、君が神々しく見えたんだよなぁ、あの時だけはね、いつも見ている君が別の人のようにも思えた。」
 ふと話が途切れて、大津は窓外を眺めながら、そう言った
「そう、どうしてだろう? たまたまそう思えたのかもしれないけどね。」
 大津は、そう続けると、言葉を切って、また窓外へと視線をずらした。
「神々しい・・・ですか・・・。」
有美は、驚いたように、小さくそう呟くと、その言葉を心の中で何回か反復した。
大津が自分の事をそう見ていたのと思うと、今まで、人にそう言われたことのないような言葉だったので嬉しいような、なにか少し不思議な気がした、と同時にあの絵の持つ不思議な魅力に、改めて気づかされたような気もした。
あの時、自分ではそんなことは全く気付かなかったけれど、確かにあの絵には人を眩惑するような魅力があるのかもしれない。
有美は、南村もいつか同じような事を言っていたのを思い出した、彼女も、頭を空っぽにして、あの絵を見ていると癒されると。
引き込まれていくように、あの絵を見る姿が、大津には「神々しく」映ったのならば、少なくとも、有美と南村には、心揺るがす何かが、あの絵にはあるのだろうと、有美はそう考えた。そうあの時、南村が見ていたのは、両手を大きく天に向かって広げた、あの真ん中の女神。横にいる二人の女神を携えるように、一人だけ正面を向いて、大きく手を広げている。
確かあの時、南村にどの女性の絵が好きかと聞かれ、南村と同じだったことも何かしら不思議な偶然のようにも思えてきた。
「三姉妹の、真ん中か・・・」
 独り言のように、有美はその時南村に返した理由を小さく呟いた。外に見える高層ビルの先端が赤く瞬いている、ふと目を閉じてあの絵を少しだけ思い出してみる。
横にいる大津が、不思議そうに、なんか言った?と、有美に聞いてきた。
「いや、何でもないです。」
慌てて、有美がそう返事をする。あの絵に魅せられて以来、少し自分の中に小さな変化でき、それが段々と大きくなっているような気がした。
 大津は、少し笑って、またグラスのお代わりを注文した。
 
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今宵も最後までお読みいただきありがとうございました。

微妙な三角関係に発展していくのかどうか・・・

また感想をお聞かせください。
 

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