素敵な靴は、素敵な場所へ連れていってくれる。 16
紗季が見つけたという店は、北千住の駅から歩いてすぐのところにあった、飾り気のない小さな居酒屋で、七十近くのごま塩頭の主人と、小柄な感じのいい女将さんとでやっている店だった、有美は入った瞬間、いかにも紗季が好きそうな店だなと感じた。カウンターが八席と、テーブルが二つ、まだ時間が早いのか、テーブル席が空いていた。
「ここのさぁ、もつ煮が絶品なんだよね・・・・」
席について、すぐに紗季はビールを注文すると、眼を細めて有美にそう言った。
愛想のいいおかみさんが、ビールを持ってくると、紗季は
「おばさん、いつものね」とおかみさんに声をかける。
「はいはい、いつもありとうね・・・・・・」
愛想のいいそのおかみさんは、そういうとカウンターの奥へ戻っていく。
「しょっちゅう、来てるの?・・・・」有美がジョッキを傾けながらそういうと、
「ははっ、今週は、確か今日で二回目かな・・・・」と、紗季笑いながら答える。
店の雰囲気とは、全く正反対の紗季の外見とのアンバランスが、有美にはいつも面白く映る。
ほどなく運ばれてきた、もつ煮を早速箸で賞味すると、紗季は目を細めて、おいしいというと、再びビールで喉を潤した。
少し間、他愛のない会話の後、紗季がジョッキをテーブルに置くと、
「最近、大変だね・・・・・」と、真顔で有美に聞いてきた。
「なにが?」と、とぼけるように、有美が聞きなおす。
「依田のことだよ・・・・なんかさぁ、最近、あんたのこと、目の敵にしてない?」
会社から一歩でも離れると、紗季は、辛辣である。上司であろうと誰であろうとすべての社員たちには、敬称なんかつけない。
「うん、まあねぇ、ああいう性格の人かもしれないしねぇ・・・・」
「けど、この前なんか、十五分近く、注意されていたでしょ? しかも、いつも有美だけじゃん? なんか、私なんか、周りで見ていても凄く不快な気持ちになるんだよね、こう一種のこれは、パワハラだからね・・・・・」
紗季はやや憤慨しながら語ると、すぐさまビールのお代わりを注文する。
「それに、そんなに、有美がしょっちゅう、ミスする訳ないしね・・・・」
「なんかさぁ、あんまりひどくなったらさぁ、パワハラ相談みたいなところへ、行ってみるのも、いいかもね。」
そこまで言ってはみたものの、有美が、あまり気にしていない様子が、紗季には少し意外だったのか、あんた、どうおもってるのよ? と聞いてきた。
有美は、これおしいいねぇ、と言って、目の前の煮込みをたべながら、
「まあね、なんでか、わからないけど私こと気に入らないのか、虫がすかないんでしょ・・・・けどもう、あれだけ毎回言われると、注意されてもなんか慣れてきちゃって、あんまりな共思わなくなってね・・・・・・」
サバサバと有美がそういうと、紗季は飲んでいたジョッキをテーブルに置くと、少し同調するように、頷きながら、
「そうかもね、いちいち聞いていたらきりがないから、はいはい、って言って、右から左へ聞きなしておくのも方法かもね。・・・・・・」
投げやるように、そう言うと、お目当ての煮込みを口へ運ぶ。
実際、紗季の言う通り、今日だって依田に注意を受けている最中、その前夜、拓海に抱かれたことをふと、思い出していた。
けどそれは、決して情熱的な思い出し方でなくて、どこかしら、少し冷めたような、冷静な視点で出来事を振り返るような感じだった。
その時有美が感じたのは、体は、拓海の腕の中に抱かれていても、自分の心がするすると、彼の腕の中から、抜け落ちていくような、そんな気持ちずっとしていたことだ。
拓海の愛情に肉体も精神も十分反応しない、ただ拓海に抱かれている事実だけがそこにあって、ひどくく冷めた自分がそこいる。
今までは決して感じえなかったような、不思議な感覚だった。
依田の愚痴のような注意を聞いている間、有美は、今の自分にはそちらの方が、ずっと大きな問題のように思えた。
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今宵も、最後までお読みいただきありがとうございました。
コロナ禍で、こんな居酒屋で、会社帰りに、ゆっくり飲むという
習慣も変わっていくのでしょうか?
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