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素敵な靴は、素敵な場所へ連れて行ってくれる。 44

「へぇ、すごいね、こんな賞をとるなんて。」
紗季は、注文したパスタを食べながら、早速スマホで、拓海が受賞した賞の事を検索している。
パスタがおいしいこの店に行ってみようと、昼前に紗季が、有美のところへ誘いにきたので、会社からは少し遠くなるけど、誘われてみて有美も久しぶりに行く気になった。
いつの間にか、会話の中で、拓海の話になり、二人の事情をよく知っている紗季に、有美は少し拓海の受賞の件を話してみた。
大通りに面した席で、お昼を過ぎてこれから日当たりがきつくなるのか、店員が一つ一つブラインドを下げに廻っている。店はお昼の時間で、ほとんど満席に近いけれども、彼女たちはお構いなく、テーブルの間を縫って、長い棒を持ちながら、作業を進める。
彼女達が、有美たちの席の前にあるブラインドを下げると、席も少し暗くなり、きれいな紗季の顔にすっと一筋の影が横切る様に差し込んでくる、彼女の表情が少し変化したように見えた。
「ネットニュースにも、いろいろと出ているし、ここのままいけば、あんた、勝ち組じゃん。」
励ますように、有美を見ながら紗季はそう言った。
「で、どうするつもりなのよ?」
 パスタを食べ終わり、コーヒーが運ばれてくると、紗季は結論が出ていないことに、少し驚きながら、
「きちんと、彼のプロポーズ受けてあげればいいじゃん、あんただって、彼だって苦労して、頑張ったんだからさ。」
何か割り切る様にそう言った。有美は少し考えるように、視線を外のむけると、
「そうなんだけどね・・・」
溜息交じりにそう返事をした、表面的には紗季の言うとおりだろう、迷う要素はどこにもない、けどそれで自分が納得しているかと言えば、有美には自信がなかった。誰かに背中を押してもらえれば、有美は拓海の胸へ飛び込めたかもしれない、けどそれは有美の本心ではない、あの時から、もう有美の心は揺らぎ続けている。
拓海にとはあの夜以来、あまり互いに話し合ってはいない、彼は彼で受賞が決まって以来、忙しくしているし、生活もほとんどすれ違いだ。彼もあれ以来何も聞いてこない。
なにかお互いあやふやな状態のままに、時間だけが過ぎて行っている。
「あっ、もうこんな時間じゃん、戻らないと。」
紗季の声でふと我に返る、時計を見るともう一時近い、二人は慌てて会計を済ますと、小走りでオフィスへ戻った。
 帰り際、ビルのエントランスホールに建設資材が置かれていた、有美たちは急いでいたので、ちらっとみただけだったが、そこでなにかしらの工事がはじまることは予想できた。
 
 その日、有美は少し退社が遅くなった、仕事が少し手間取り、いつもは定時で必ず退社するのだが、一時間くらい残業する羽目になった。
 テーブルを片付けて、パソコンの電源を切る、時計を見いるともう7時なっていた、ふと窓を見ると、夕日がブラインドを突き抜けて、誰かのテーブルの上の書類の束を陽炎のように揺らしている。
 エレベーターに乗り込もうとすると、後ろから走りこんでくるような足音がした、有美はやってきたエレベーターに素早く乗り込むと、すかさず「開」のボタンを押して、その足音の主を待つ。
「ああ、間に合った・・・」
そう言って入ってきたのは、南村だった、いつも伸ばした髪を後ろで一つに束ねているのだけれど、今日は束ねることなく肩まで伸びた髪が艶めかしく乱れている。彼女には珍しくグレーのセットアップで、その細長い脚を包むようなパンツスーツだった。相変わらず右足にはシルバーのアンクレットが光っている。
「あれっ、あなただったの。」
驚いたように、有美の顔を見る、朝から出かけていたのかどうかわからないけれど、そう言えば今朝から、南村を見ていなかった。
「あれっ今日は遅いんだね、残業?」
大津と三人で食事して以来、南村は有美に対してよく気にかけていてくれる、仕事上でも任せてもらえる量も質も格段に上がったように、有美には思えた。 
「はい、少しデータの整理に手間がかかって・・・」
 有美がそういうとすぐに、エレベーターが一階へ着いて、ドアが開いた。エントランスホールへ向かうコリドーが、この時間だと証明が落とされている、夏の間はそれでも日が差し込んで十分に明るいけど、最近は少し日が短くなったのかうす暗い。
 二人して並んでしばらく歩くと、エントランスホールへ出た、その時有美が、あっと声を上げた。
 エントランスホールには、あちこちに工事用の資材が置かれていて、何か工事が始まるのか、足場が組まれていた。
中央の丸い大きなソファも撤去され。あの絵が大きな白い頒布で覆い隠されていた。
「ここ、何か工事始まるんですか?」
 有美は、思わず南村に声をかける。
「このホールを改修するみたいね、あっ思い出したわ、このまえそんな連絡があったような・・・」
南村も、白い頒布におおわれた絵を見上げながら、そう答えた。
「この絵は、どうなるんでしょうか?」
「たぶん、どこかへ移動するんじゃないかなぁ・・・絵の周りにも足場が立ってるし。」
南村が言うように、絵を囲むように足場が組まれていて、移動さす準備のように思われた。
「しばらく見られなくなりますね、またここへちゃんと帰ってくるのかな?」
少し声を落として、有美がそう呟くと、
「写真でも撮っておけばよかったね・・・あなた好きだったもんね、この絵」
南村も、少し寂しげなこえでそう応えた。
「南村さんも、好きでしたよね・・・」
感慨深げに有美がそう言うと
「まあね、何回かこの絵を見ていて癒されたこともあったしね。」
溜息混じりにそう話すと
「けどね・・・」
と言って、南村は、有美の方へ振り向いて
「もう、そんなことは、ないと思うわ、たとえ、この絵がここへ、戻ってきてもね。」
 有美は、えっと思って、その訳を聞き返そうとしたが、振り向いたときには、南村はもう出口の方へ向かっていた。
自動ドアが開いて、外に出ると、むっとするような熱気が二人を包み込んだ、けれども有美は、その熱気も少し前にくらべれば、幾分かしのぎやすく感じた。季節は確実に進んでいるんだと思った。



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今宵も最後までお読みいただきありがとうございました。

少し長い物語になってしまいました。

次回少しブレイクを入れます。

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