怒りのエネルギーを抑えていたら、自分の人生を生きられなくなる
怒ったほうがいいという、しいたけ占いさんの話を読んで、そのとおりだなぁと感じました。
深く悩んでしまう人の傾向として、人生の中で喧嘩をしてこれなかった人が多いといいます。
怒りは、ものすごいエネルギーなので、それを抑え込んで、内にためてしまうと、違う形でエネルギーを放出するんですよね。
よく誤解されますが、「ひきこもる」って、とてもエネルギーを使います。
「何もしないからラク」ってわけじゃ、ないんです。
最近のコロナの情勢で、痛感された人もいるのではないでしょうか。
でも、そんな生活を、コロナも関係なく、普通にやってのけてしまう。
それはやはり、怒りのエネルギーを、「ひきこもる」というエネルギーに変えているからなのだと思います。
そして、「怒れなかった」という事実が、自分を傷つけていく。
だから自尊心は下がる一方です。
言うべき時に、言えなかった。
自分が引き下がってしまった。
自分が理不尽に扱われても、ヘラヘラとしてしまった。
そんな自分でいると、「自分って何なんだろう」って思ってしまうのも当然。
今なら、そう思うのですが、昔は、わかりませんでした。
いじめられても何をされても、相手に迎合してた。
自分が我慢しなきゃと思ってた。
これくらいのことで、怒っちゃいけないと思ってた。
エネルギーの使い方、間違っていたなあと思います。
その結果、どうなったかというと。
「それは間違ってると思う」と自分が言えないからこそ、誰かに「間違ってるよ」と言われると、とてつもなく落ち込んでしまうのです。
自分は我慢して言わないのに、相手はサラッと言ってくる。
何が間違っているのかという事実よりも、伝えられてしまうことに混乱するんです。
よくありますよね。
なにげなく言っただけなのに、激怒されてしまうこと。
そういう人は、ちょっと指摘されただけで、「自分を全否定されたかのように思う」といいます。
でも、厳密には違うだろうと、個人的には思ってます。
自分を全否定なんて、してない。
むしろ、全肯定している。
でも、「間違ってる」「修正して」と、サラッと言えてしまう人を目の前にしたときに、これまでの全部の経験が頭をよぎり、混乱するんです。
自分には、言いたくても言えなかったこと。
自分は我慢したのに、この人は、なぜ我慢しないんだろう、とか。
「我慢してきた」という今までの自分の人生・選択が、みじめに思えてくる。
ウツになったり、精神的に落ち込んでしまう人って、実は、「自分は正しい」と思っている場合も多いです。
自分が嫌いなわけじゃないし、自分を否定しているわけでもない。
むしろ、「なぜ周りは……」と思う。
その結果、自分の選択に、「みじめさ」を感じてしまったり。
理不尽に感じて、怒りがたまってきたり。
もう、どうしていいか、わからないんですよね。
だから、「怒れない」って、本当に罪深いなぁと感じます。
これは、我慢して「いい人」になろうとする場合の話です。
その場その場で感じた、理不尽さや、いきどおりは、ちゃんと伝えていかないと、たまりにたまって、わけわからなくなるんですよね。
自分の人生に、怒りのエネルギーを取り戻すべきだと感じます。
いい人ほど、勇気を出して、怒るべきなんです。
怒りのフタを開けて、中を空っぽにしたほうがいい。
ブログを書きながら、しみじみと感じました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?