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告発の表と裏─映画がすくいあげるもの|『アシスタント』

※ネタバレあり

 2023年初め、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)という映画が公開された。これは、ハリウッドの有名プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの何十年にもわたる性的暴行を告発した、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイという2人の女性ジャーナリストの回顧録を元にしたもの。
 この『SHE SAID』と対をなすような映画だ、と思ったのが『アシスタント』だった。アメリカでは2020年に公開されていたけれど、日本では3年遅れて今年の6月に公開された。


 『SHE SAID』は、まさに「英雄」の物語だった。不屈の精神で必ずや真実を追求しようとする2人のジャーナリストと、その信念に感化され、計り知れないほどの勇気をもって告発した人たち。実際に社会を動かすことになった彼女たちの決断と行動は、きっと観る人たちの心を打つ。彼女たちは英雄そのものだった。

 
 しかしその一方で、2人のジャーナリストの姿に感動しながらも「でも、私にはできなかったんだよ」とこぼしてしまう人たちがいる。自分が口をつぐんできたことを、後ろめたく感じてしまう人たちがいる。悪しき構造を打ち壊すことのできる英雄はほんのひと握りで、ほとんどの人たちは、否応なしにシステムに組込まれ、声を奪われてしまうから。

 そのように、『SHE SAID』から取りこぼされてしまう人たちを掬いあげる作品が『アシスタント』だった。主人公ジェーン(英語で匿名の女性を意味する“Jane Doe”が由来)は、沢山の「わたしたち」の集合体だ。自分には何かを変える力など無いと痛感させられてしまったことのある、わたしたちの。
 
 ある物事を、ひとつの映画で語り切ることは難しい。『SHE SAID』という映画がつくられたのと同じくらい、『アシスタント』という映画がつくられたことに意義があるはずだ、と思う。



 ボスの部屋に若い女性が吸い込まれていく。ジェーンは察する。というよりすでに、確信に至っている。他の社員もみんなが。
エレベーターのなかで、上司の女性がジェーンにこう声をかける。

「あの子は彼をうまく利用する。心配しないで。」

 もしかしたらあの上司の女性も、心の奥底では「変わるものなら変わってほしい」と願っているかもしれない。かつて、ジェーンのように、悪しき環境を変えようと行動したこともあったかもしれない。しかし、あまりにも大きなシステムに飲み込まれてしまった人たちは、もはやそのような願いすら、自分で気付けなくなってしまう。加害者を守るためのシステムは、そこで働く人々の良心を蝕みつづけ、「はたして自分は被害者なのか、それとも加害者なのか」さえ分からなくなる袋小路に追い込み、ついには黙らせてしまうのだろう。

 
 この映画で描かれている問題を、「新入社員あるある」として矮小化してはいけないと思う。それでは、ジェーンの告発を「嫉妬による愚痴」として握りつぶした人事部の担当者と、同じことになってしまう。この作品ではっきり描かれているのは、「あるあるネタ」なんて生半可なものではなく、温存され続ける有害な仕組みと、性差別の問題だから。


 映画のポスターには「わたしたちは どうする?」と書かれている。その問いが投げかけられたまま、映画は終わる。では、本当に、わたしたちはどうしたらいいのだろう。何ができるだろう。多くの人が、構造に加担してしまった経験をもっているはず。そんなわたしたちが、この映画からバトンを引き継ぎ、どう声を上げていったらいいのか。

 そう考えていたとき、『世界』2023年9月号に掲載されていた、河野真太郎氏による評論「懲罰幻想を超えて──告発型フェミニズムと男性たち」を読んだ。そのなかに、「告発を超える」と言うにはまだ早すぎると前置きしたうえで、次のような一文があり、とても印象に残った。

「すでに加害/差別している(その構造の中にある)私たち」を主語にしながら加害と差別を批判する術を身につける必要があるだろう。

河野真太郎「懲罰幻想を超えて──告発型フェミニズムと男性たち」『世界』2023年9月号,岩波書店



 この映画のラストは、一見すると希望がないように見える。ジェーンは暗い家路につき、明日もきっと誰よりもはやく出社して、蛍光灯をつけ、ボスのソファを拭くのだろう。そんな毎日がこれからも続いていくのではないかと、つい想像してしまう。だけど、ジェーンがあの環境に違和感を覚え、変えようと行動したこと自体が、すでに希望なんだと信じたい。一人の力で構造を打ち壊すことはできなくても、無数のジェーンであるわたしたちが、社会を少しずつ、でも確実に動かしていくことはできるはず。あのラストに続く世界を、わたしたちがつくるしかない、と思う。


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