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#小説
純愛ラプソディ(仮) 六
翌朝はいつもより30分早く出社して、課長を待つつもりだった。なのに課長が出社していたので驚いて、おはようございますと言うのが精いっぱいだった。「おはよう森崎さん。体調はよくなった?」「はい、おかげ様でよくなりました。ありがとうございます」
あわてて返したけど、本当はもっと違う、ご迷惑をかけてすみませんとか、これからいっそう仕事に励みますとか、そんなことを言うべきだったのかもしれない。少なくともオ
純愛ラプソディ(仮) 五
お湯を沸かしながら、少しホッとしていた。私への追及も緩んだし、課長が私たちのことを知っているかも考えなくてすむ。いつか直面するとしても、今は勘弁してほしかった。
「コーヒーでいいかな、インスタントだけど」返事がない。「ねえ彩花、コーヒーでーー」振り向くと彩花の姿がない。あわててリビングへ戻ったが、彩花はどこにもいなかった。「ちょっと何、どういうこと……」
やかんのお湯が沸く。火を止め、インスタ
純愛ラプソディ(仮) 四
「そういえばさ」彩花が急に振り向いた。「だいぶ顔色よくなったね」「私?」「ほかに誰がいるのよ」まあ、たしかに。「さっきは真っ青な顔してたもの。まるでこの世の終わりみたいに」そんなにひどかったんだ…。「本当によかった。安心したわ」「ありがとう」
彩花は前を向いたまま歩き続けている。でも何か、言いたいことを言おうかどうしようか、悩んでいるようにも見えた。「何があったの?」だから突如発せられたこの質問
純愛ラプソディ(仮) 三
「いいわけない……。いいわけないじゃない!」目を真っ赤にして彩花は言った。「常務のお嬢さんは同期入社なの。たった二人の総合職。部署は違っても、いつも助けあってた。私がコンプライアンス室に配属になったと言ったら、社長になったみたいに喜んでくれた。『これから会社を変えるのはあなたたちなのよ』って。自分もできることは何でもするって、言ってくれた。それなのに……」彩花がくちびるを噛む。その音が聞こえるよう
もっとみる純愛ラプソディ(仮) 二
「はる香、今日は遅かったね」翌朝、どんなに厚く塗ってもクマを隠せず、始業時刻ぎりぎりに出社した。彩花に言われ、あ、うん、とうなずく。電車がね、とつぶやき、ちょっと俯いた。目の下の濃いクマ、見られたくない。でも彩花の視線を感じる。「元気ないみたいだけど、なんかあった?」見破られた? まさか。彩花は何も知らないはず。「大丈夫。なんでもない」顔を上げ、平気だとアピールするつもりだった。でも彩花の顔を見た
もっとみる純愛ラプソディ(仮) 一
全身びしょぬれでアパートの外階段を駆け上がる。ヒールは片方だけ。どこで脱げたかわからない。震えながら、鍵を取り出す。ドアノブに挿そうとして失敗。鍵を持ったまま、かじかむ手にハアーっと息をかける。
もう一度鍵を挿し、ドアノブを回転させる。開けた瞬間、土砂降りの雨はさらに勢いを増し、窓に打ちつける音がした。外から打ちつけているのに、ドアを開けたとたん、部屋の中に雨が降りそそいでいるようだった。
ド