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純愛ラプソディ(仮) 六

翌朝はいつもより30分早く出社して、課長を待つつもりだった。なのに課長が出社していたので驚いて、おはようございますと言うのが精いっぱいだった。「おはよう森崎さん。体調はよくなった?」「はい、おかげ様でよくなりました。ありがとうございます」

あわてて返したけど、本当はもっと違う、ご迷惑をかけてすみませんとか、これからいっそう仕事に励みますとか、そんなことを言うべきだったのかもしれない。少なくともオフィスに入る前はそのつもりだった。しかも課長はやさしく微笑んで、私の顔をきちんと見てくれていた。私は、課長の顔を見られていたかわからない。またやってしまった、と落ち込む。

学生時代は海外旅行もたくさんしたし、ブランドものも大好きで、友達のあいだでは「海外ブランドに強いはる香」で通ってた。でも就活がうまくいかなくて、彩花みたいに総合職志望だったわけでもないし、なんとなく事務職かなと思っていたら、見事に全滅。卒業式の前日にようやく契約社員の仕事が決まって、それがこの会社だった。第三営業部という配属先は響きもカッコいいし、一部上場企業だから、「さすがはる香だね」と言われて自尊心を保っていた有様で、契約社員だということは、口が裂けても言えなかった。

お給料も高くないから家賃を払うのが大変で、今のアパートに引っ越したのも節約のため。友達には知らせていない。私はずっと音信不通。どうしてるんだろうね、と時々思い出してくれてるかな。最近はもう思い出すこともなくなってるかもしれないけど。

「おはよう、はる香。昨日はお疲れ様」ハッとして顔を上げる。「おはよう。昨日はごめんね、助かった。ありがとね」彩花は笑って首を横に振る。「いいのよお互いさまだし、気にしないで」わかった、とうなずく。彩花とは、ちゃんと顔見て話せるんだけどな……。

「じゃあ悪いけど藍沢さん頼むね」声のした方を見ると、珍しく室長が、つまりコンプライアンス室長なのだけど、課長に何か指示して去っていくところだった。「なんだろう」「ね、気になるよね」彩花の言葉で、自分が声を発していたことに気づく。なんかおかしいな、私。どうしたんだろう。

(『純愛ラプソディ(仮)』七へ)

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