兎かか男

兎かか男

最近の記事

ショートショート「寡黙なマスターのBAR」

街がすっかり落ち着き、人影もまばらな頃、ほろ酔い気分の45歳の独身男が一軒のBARにたどり着いた。 おもいきって扉を開けると、そこは映画の中にでも入り込んだような空間だった。 いかにも古いカウンターの中にウィスキーやリキュールのビンがズラリと並び、その前には、これまた映画に出てくるようなシャツに黒ベストで髪をキッチッと整え、ヒゲを蓄えたマスターが立っている。 「コチラどうぞ」 マスターに最小限の言葉数でカウンターに案内される。 椅子に腰を掛けるとメニュー表がない。い

    • ショートショート「石渡時計堂の未来時計」

      休日にダラダラとしているとチャイムがなった。 普段、ネットショッピングの届け以外に誰かが訪ねて来る事など、ほぼほぼ無いのだが? 足音を消し、そっとドアスコープで確認すると、スーツ姿で髪型もキチッと整えられた細身の男が立っていた。 「はい」 ドア越しに返事をすると 「急に大変申し訳ありません。少々お時間いただけませんでしょうか?」 丁寧な喋り口調で男が言った。 「どちらさまですか?」 ドアの向こうに問いかける。 すると 「突然すいません石渡時計堂の石渡と申します。ち

      • ショートショート「ピエロの不思議なトランプ」

        とあるデパートの屋上遊園地の片隅でピエロが子供達にトランプを配っている。 それに気がついた子供達が一斉にピエロに群がった。 すると、アッという間にすべて配り終えてしまった。 「やったー俺は貰ったぜ」 「くそー貰えなかったよ」 「もう無いのか?」 「なんか違うの無いの?」 みんな好き放題。ピエロはもう無いよ!といったジェスチャーで戯けてみせた。 とはいえ、少年は無事トランプを手に入れていた。 それから40年もの歳月が流れ、少年は今や48歳。 とある企業の中間管理職を勤め

        • ショートショート「三俣と俺」

          「コチラ○○県警の山田ですけど、そちらは小泉泰樹さんのお電話でよろしいですか?」 「えっ?あっ、はい。そうですが…」 「嘘だよ!オレだよオレ!三俣だよ!ビックリしたか?ハッハッハ」 それは友人の三俣のイタズラ電話だった。 「ビックリさせるんじゃねぇよ」 と自分でも驚く程、大声を出した。 三俣は軽い気持ちのイタズラだったのだろう。 もちろん俺も軽く受け止めた。 ただ、しばらくしたら俺もなにか仕返しをしてやろう。とは思った。 俺達は同じ高校に通っている。クラスこ

        ショートショート「寡黙なマスターのBAR」

          ショートショート「呼び名」

          俺の名前はケビン。 とは言っても本名では無く外国人という訳でもない。 事実、日本人の両親から産まれた紛れもなく混じり気のない日本人であるという事を戸籍謄本が証明している。 ルックスの方はというと、ケビンという名前が似つかわしいといった訳でもない。 俗に言うアダ名ってヤツだ。 本名は田中というごくごく普通の名前。 ケビンという呼び名だが、今ではソレなりに気に入っていて、初めて会う人なんかには自ら「ケビンって呼んでくれよな!ヨロシクッ!」なんて格好つけて自己紹介してる程だ。 しか

          ショートショート「呼び名」

          ショートショート「大統領のサプライズ」

          ある乱暴な国の大統領の家に住むのは、大統領とその婦人そして住み込みの家政婦の3名。 大統領はいつも仕事から帰るとまず寝室へ向かいベッド横のサイドテーブルの上にポケットの中の物をすべて置いてからリビングへと向う。 そして、リビングにたどりつく頃には肌着を残しそれ以外は全部脱ぎ捨てる。 それらをすべて片付けるのも家政婦の仕事となっている。 ある日、キッチンで家政婦が食事の支度をしていると、普段は滅多にキッチンなどには来ない大統領がやって来てこう言った。 「明日は妻の誕生

          ショートショート「大統領のサプライズ」

          ショートショート「恋の媚薬No.6」

          「と言うことは本当に実在したんですね?」 「ああ 確かに居たよ」 記者になって7年、ようやく面白い記事が書けそうだぞ。 この町には昔から都市伝説として語られているこんな話がある。 とあるボロボロのアパートの二階に住む婆さんが調合した恋の媚薬を飲むと好きな人と結ばれると。 俺はその婆さんから実際に媚薬を買った事があるという老人に辿り着き、家を訪ねていた。 「どんな婆さんだったんですか?」 「なんだかとにかく薄気味悪かったな」 老人は椅子にもたれ、窓の外を眺めて言った。「婆さ

          ショートショート「恋の媚薬No.6」

          ショートショート「あるドライバーの物語」

          男は免許取得から無事故無違反の優良ドライバー。 今、依頼主の自宅前にて待機中。ハンドルを人差し指でトントンとさせながら、まだかまだかと待っている。 そこへマンションのエントランスから慌てて出てくる派手な女。 男はドアを開けて迎え入れた。 ガチャ バタン 「どちらまで〜?」 男が女に行き先を聞く。 「渋谷の○○」 女が不機嫌そうに答える。 「かしこまりました。シートベルトのご協力お願いします」 「面倒くせぇなー」 「すいません。捕まっちゃうと困るんで」 「わかったよ。

          ショートショート「あるドライバーの物語」

          ショートショート「なんでも屋」

          「模様替えなんだけどさ 色々と大変だからコレに頼んでみないか?」 そう言ってチラシを旦那に渡されたのは神田裕子45歳看護師。 チラシにはこう書いてある。 なんでも屋 ちょっとした事から大変な事まで何でも請け負います •犬の散歩 •大掃除 •模様替え •人探し •浮気調査 その他 大抵の依頼にお答えします お気軽にご相談ください 「犬の散歩から浮気調査までねぇ」 裕子はひと通り目を通し、キッチンへ向かうとマグネットでチラシを冷蔵庫にパチンと貼りつけ、グラスと缶ビ

          ショートショート「なんでも屋」

          ショートショート『ほうれん草』

          「いただきます」 「うん。やっぱり母さんのほうれん草のおひたしが日本一だな」 ほうれん草といえば社会人になったばかりの頃に上司からホウレンソウは大事ですと教わったなと、ふと昔の事がよみがえってきた。 「ホッ ホウレンソウですか?すなわち鉄分を取れと?」 「ハハハッ 何を言ってるんだ君は」 「ではビタミンCを取れと?」 「そんな話ではない」 「なるほどマッチョになるんですね?」 「君は面白いなぁー ほうれん草を食べてもムキムキにはならないぞ」 そんな会話もあった

          ショートショート『ほうれん草』