ショートショート「大統領のサプライズ」

ある乱暴な国の大統領の家に住むのは、大統領とその婦人そして住み込みの家政婦の3名。

大統領はいつも仕事から帰るとまず寝室へ向かいベッド横のサイドテーブルの上にポケットの中の物をすべて置いてからリビングへと向う。

そして、リビングにたどりつく頃には肌着を残しそれ以外は全部脱ぎ捨てる。

それらをすべて片付けるのも家政婦の仕事となっている。

ある日、キッチンで家政婦が食事の支度をしていると、普段は滅多にキッチンなどには来ない大統領がやって来てこう言った。

「明日は妻の誕生日だろ?サプライズでケーキを用意しておいてくれ!多分本人も忘れているに違いない」

家政婦は思った。

他の国からは、この大統領は嫌われ者で高圧的で危険なミサイルをチラつかせ、その危険なミサイルのスイッチを常に持ち歩き、そのミサイルによって世界中の国々を脅かしていると言われているが、そんなの噂ばかりで奥様の誕生日にはこんなにもスマートにサプライズが出来る素敵な方ではないかと。

感動のあまり涙しそうになったがグッと堪えて「はい承知いたしました」と家政婦は答えた。

次の日、朝から大統領は仕事だった。身支度を終えた大統領は家政婦に

「じゃあ例の件は宜しく頼んだ」と言って、迎えの車の後部座席に乗り込み出かけて行った。

家政婦が見送りを済ませリビングに戻ると婦人は日課となっている庭の植物に水をあげている最中だった。

家政婦は掃除洗濯を済ませ買い物に出かけると、テキパキと買い物をこなし大統領宅へ戻った。そして、休む事なくディナーとケーキの支度を始めるのだった。

普段は婦人もキッチンには滅多に来る事はないのだが一応細心の注意を払った。ここで見られてしまってはサプライズでは無くなってしまう。仕上がったケーキは速やかに冷蔵庫へ。

ふと窓の外に目をやるとすでに薄暗くなっていた。そしてちょうど料理が出来上がった頃に表から車が到着する音が聞こえたので家政婦は玄関へと向かった。

大統領は玄関に入るなり小声で
「準備は大丈夫か?」と家政婦に訪ねた。

家政婦は深く頷いた。

大統領は今日ばかりは服を脱ぎ捨てること無くまっすぐリビングへと入っていった。

「では奥様を呼んでまいります」と家政婦は言うとリビングを出て婦人の部屋に向かった。

大統領は買ってきたちょっと高級なワインを食卓に置き、続けてポケットの物をガサガサと取り出しリビングのサイドテーブルに置いてから席に着いた。

すると婦人もリビングへやって来て席に着く。

家政婦が用意した色鮮やかな料理がテーブルに並ぶが、それは誕生日だからという訳でもなく通常通りの腕前だ。

お高めのお酒がいつもよりも若干進み酔っ払う大統領ではあったが、普段通りの夕食の時間がある程度経った頃に、大統領が真っ赤な顔で家政婦に目で合図を送る。

家政婦も軽く頷くとキッチンへとさがり、冷蔵庫からケーキを取り出すとあらかじめケーキに立てておいたロウソクに火を灯した。

そしてケーキを持ちゆっくりとリビングに戻って来る姿を確認すると大統領が

「よーし!じゃあ電気消すぞ」

と、言ってフラフラとした足取りでサイドテーブルからサッとリモコンを取りルームライトに向けてスイッチを押した。

だが電気は消えなかった。
怪訝そうに沈黙する婦人。
ケーキを持ったまま立ち尽くす家政婦。

大統領も酔っぱらっているせいかスイッチをルームライトへ向け何度も何度も押した。

しばらくして大統領は気がついて青ざめた。

押したのは電気のリモコンのスイッチでは無く、さっきポケットから出したリモコンのスイッチだったと。


以後、酒に酔って粗相をする事を、その国の人々は大統領のサプライズと呼んでいる。


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