ショートショート「呼び名」

俺の名前はケビン。
とは言っても本名では無く外国人という訳でもない。
事実、日本人の両親から産まれた紛れもなく混じり気のない日本人であるという事を戸籍謄本が証明している。
ルックスの方はというと、ケビンという名前が似つかわしいといった訳でもない。
俗に言うアダ名ってヤツだ。
本名は田中というごくごく普通の名前。
ケビンという呼び名だが、今ではソレなりに気に入っていて、初めて会う人なんかには自ら「ケビンって呼んでくれよな!ヨロシクッ!」なんて格好つけて自己紹介してる程だ。
しかしある時から呼ばれるようになったこのケビンという呼び名には、最初ものすごく抵抗があったのを覚えている。
〜6年前〜
「あれ?久しぶり!」
勤務中の俺を覗き込むように誰かが言う。
俺も瞬間的に声の方に目をやった。
するともう一度改めて話しかけてくる。
「おい!元気か?」 
誰かは直ぐに解ったのだが無視を決め込む。
「••••••••!」
それでも迷うことなく
「久しぶり!田中じゃんか!」
と、完全に確信しているといった感じでニヤニヤしている。
「いや人違いです•••••!」
そう答えると
「冗談言うなよ田中!お前警備員になったのか〜」
もうこちらの否定は無視といった感じだ。
「おい!答えろって!!」
と少し真顔で詰めてきたので
「まあね••••」
と小さく答えた。
するとニコっと笑って
「やっぱりな〜!俺はてっきりお前は警察官になったと思ってたんだけどなぁ〜!ハッハッハッ!」
と鼻を擦りながら言った。
学生時代から人を小バカにしてる時は鼻を擦る奴だったのを思い出した。
「おう!まあ色々あってな•••」
やっと観念して答えた途端に腕時計に目をやり
「おっといけねぇー!!今仕事の取引先とのアレがアレで急ぎだから来週の同窓会で話そう!じゃあな」
と言って警察官さながらの敬礼ポーズを取り、クルッと背を向け走って行ってしまった。
しかし厄介なヤツに見られちゃったなと、足早に消えてゆく後ろ姿を見送りながらそう思った。 
バッタリ出くわしてしまった男の名前は木村。
アダ名はスピーカーだ。
なんでもかんでも誰にでも話してしまうのだ。 
彼にだけは秘密の話は出来ない。
俺は子供の頃から将来の夢を聞かれれば警察官。卒業文集にも絶対に警察官になって困ってる人を助けるんだ。なんて書いていた。
1週間後に迫っていた同窓会は、警察官のテイで乗り切るつもりだったのだ。ドタキャンして自分が居ない所でその話になったら次に同窓会でもあった時に余計に気マズイかな?などと思い行く決意をかためた。
〜その1週間後〜
「おー!来たか警備員〜」
「久しぶり〜警備員〜」
「警備員〜とりあえずビール?」
「スピーカーと偶然会ったんだってね警備員〜」
なんだかみんながナチュラルに警備員って呼んできた。 
流石はスピーカーだ。すでに周知の事実なのだ。 
アダ名が警備員になっていた。 
ちなみにそれでケビンと名乗る事にしたのだ。
まったくその事実を知らない友人と歩いている時に、コイツ等にバッタリ出くわして警備員なんて呼ばれても訳わからないからね友人は。
それでケビ〜ンって呼ばれてる事にしたいという苦肉の策だった。
なんともダジャレみたいだけどね。
そんな事よりも何故か俺が警察官になれなかった事が当たり前だとでも言ったような雰囲気なのが気になった。 
もう一層の事笑い飛ばしてくれよ。
いじっていじっていじりまくってくれよ。 
そんな風に思っていたら咄嗟だったが大声を張り上げて皆んなに問いかけていた。
「なあ俺あんなに散々言ってたのに警察官になれなかったんだぜ!笑えるだろ?」
すると同じ部活だった松本がこう返してきた。
「いやお前が警察官になれるなんて誰も思ってなかったよ だってよく人の物盗んでたじゃん」
続けて服部が言う。
「転校生の青木に友達が出来ない事につけ込んで話しかけて家に遊び行ったときファミコンのカセット盗んでるの見たぜ」
高木の言い分はこうだ。
「学校にお気に入りのマンガの8巻を持っていった日、体育の授業から教室に戻ったら机の中のマンガが無くなってた あの日体育サボって保健室に行ったのお前だけだもんな 後日スピーカーからお前ん家いったらあのマンガの8巻だけ本棚にあったって聞いたよ」
おとなしい性格の眞田さんまで口を開く。
「私、3年間でシャーペン30本以上、消しゴムも30個以上買ったの それのほとんどが3年生の二学期のアナタが隣の席の期間だった」

もういい  もういい  やめてくれ せっかくの同窓会じゃないか やめて…くれ…  やめて…
そこへ微かに男性の声が聞こえてくる。
「オイ」
「起きろ」
「聞いてるのか?」
「オイ起きろって」
誰かに起こされている。 
あれ?夢だったのか。 
そうか寝ちまってたのか。
またあの夢だ。

「オイ起きろ!」
今度はハッキリと聞こえた。
ぼんやりと声の方へと目をやる。
鉄扉の小窓に看守の顔が見えた。
「328番、面会だ」

そうか今の俺の“呼び名”は328番だ。

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