ショートショート「石渡時計堂の未来時計」

休日にダラダラとしているとチャイムがなった。

普段、ネットショッピングの届け以外に誰かが訪ねて来る事など、ほぼほぼ無いのだが?

足音を消し、そっとドアスコープで確認すると、スーツ姿で髪型もキチッと整えられた細身の男が立っていた。

「はい」
ドア越しに返事をすると

「急に大変申し訳ありません。少々お時間いただけませんでしょうか?」
丁寧な喋り口調で男が言った。

「どちらさまですか?」
ドアの向こうに問いかける。

すると
「突然すいません石渡時計堂の石渡と申します。ちょっと特別な時計をお持ちしたので一目見ていただけませんでしょうか?」
と男が言った。

特別と言われると、無性に見てみたくなるもの。軽い気持ちでドアを開けた。

「ありがとうございます。ちょっとご紹介させていただきたい時計がありまして」

そう言うと、さっそく玄関に膝をつき、大きいアタッシュケースを開いた。

時計と言われて、勝手にロレックスなどの類の高級腕時計を想像したが、出てきたのは、なんと木の家の形をした壁掛け時計であった。

「これですか?」
思わず吹き出した。

「さようで御座います。」

「はぁ…壁掛け時計なら間に合ってますけれど…」

「この時計はそんじょそこらで売られているのとはワケが違うのです」

と男は自信に満ちた表情を見せた。

「はぁ」

「古い鳩時計を改良したこの時計はなんと0時になると、鳩では無く貴方様の未来が出て来るのでございます」

「未来?」

時計は良くある鳩時計の屋根の上に双眼鏡のような物が付いていた。

「ここから覗くんですか?」

「そうで御座います」

その口ぶりはなんとも嘘をつく風ではなかった。

そして続けた。
「使い方はまず針を合わせます。その次にこのキーをこの穴に挿して回すとセット完了。要は手巻き時計でございます。ちなみに鳩の扉からは残念ながら鳩は出なくしてあります」

「なるほど、それで値段は?」

「3000円でございます。リーズナブルでございましょう?」

確かに安い。この値段なら騙されてもいいかと思った。

「所でなんでここに来たんですか?普段セールスなんて来ないのに」

すると男は答えた。
「直感でございます。きっと貴方様に引き寄せられたのだと思います。ですから、貴方様が日本の何処に居たとしても、たとえ地球の裏側に居たとしても私は伺ったと思いますよ」

「そうですか。では3000円なら買いますんで置いていってくださいよ」

そう言って部屋から財布を持ってきて支払った。

「ありがとうございます。ではコチラお渡しします」

すると男は
「それでは、よい未来であります様に」
と、言い残し出ていった。

男を見送った後も、その言葉が頭の中で繰り返されていた。

良い未来であります様に…か。

そうだよな…誰にでも良い未来が待ってるって訳では無いよな…。悪い未来が待っているって事もあって当然だ…。

果たして自分の未来は良い未来なのか悪い未来なのか。

それは今夜確認すればいい。

さっそく時計を身長の高さに合わせ、ちょうど直立で目線に双眼鏡の部分が来るようセットした。

そして、時計の針を合わせ、続けてキーを穴に挿しギコギコと回した。

時計の針が歩み始めた。さあ、あとは0時になるのを待つだけ。

0時になるまでゲームでもして持とう。

しかしゲームに集中ができない。

なぜなら頭の中は未来の事なのだ。

どうせろくな人生じゃないだろう。

どうせ長生きなんてしないだろう。

どうせ苦しんで死ぬのだろう。


だって俺は人殺し。

俺の彼女は自殺した。俺との関係に悩んで。今は酷い事したと反省はしているが、人殺しと言われても仕方ない。

そんな事が頭の中でグルグルと回っていると、アッという間に時間が迫っていった。

時計の針が23時50分を指す。
あと僅かで自分の未来が見える。

時計の針が23時55分を指す。
どんな未来が待っているのだろう。

時計の針が23時56分を指す。
お願いだ。明るい未来であってくれ。

時計の針が23時57分を指す。
彼女を殺したのは反省している。

時計の針が23時58分を指す。
くそっ。未来なんて見る必要あるのか?

時計の針が23時59分を指す。
俺は俺の未来なんて見たくない。
見なくていいんだ。

俺は立つのをやめて腰を下ろした。


時計の針が0時を指す。

その瞬間、鳩の扉からナイフが飛び出してきた。

ナイフは扉をリズミカルに出たり入ったりしている。

やがて0時1分に扉の中へ消えていった。

未来を見ようと双眼鏡を覗いていたら、きっと胸に突き刺さっていただろう。

危なかった。

あの石渡という時計屋は何者なんだ?

少しの間考えて、次の瞬間ハッとなった。

頭に浮かんだのは一度だけ彼女の家に遊びに行った日、彼女の部屋に向う途中の扉の隙間から見えた。彼女の弟。

髪はボサボサでスウェット姿だったがチラッとこっちを見て会釈したヤツだ。

髪を整えスーツ着て雰囲気がだいぶ違ったが、間違いない。

石渡と名乗った彼女の弟の言葉が甦る。

日本の何処に居たとしても、たとえ地球の裏側に居たとしても私は伺ったと思いますよ

何処までも追ってくる弟の復讐から俺は死ぬまで逃げないといけない。そんな未来をこの時計はしっかりと見せてくれたようだ…。



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