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「スタンポンの穴」 第五話

** two


 土曜日の昼過ぎ、四宮は一人、学校の裏門近辺を歩いていた。
 片手に小さな包みをぶら下げている。近くのコンビニで昼食用に買ったサンドイッチと野菜ジュースだった。
 これから一人静かに、部室でシステムチェックをする予定だった。
 数式やデータ構造を次々と頭に浮かべながらも、四宮は昨日の出来事を漠然と思い返していた。



 夕方、副部長の成島が『穴』を見つけてから、残っていた部員が集まった。
 科学部には勉強熱心な生徒が多いせいか、週末でしかも遅い時間だったにも関わらず十一人の一、二年部員のうち六人がやって来た。三年も貴船があと二人呼んで来てくれた。
 じゃんけんで二人、視聴覚室を覗きに行くことになって一年の河合がまずパーで負け、次に河合とけっこう仲のよい田嶋が負けて、
「あ、いいっす、タジと二人っきりでいいっす」
 河合があわててそう言ったので、偵察係は二人と決まった。
 いつもパー出すから負けるんだよカワイはカワイーなー、と誰かが叫んで笑いが起こっている。
「覗きに行ったらそのまま帰っていいですか?」
 と『パー出し』河合が言って、四宮が
「ちゃんと連絡寄こせば、いいけど」
 と認めたので、二人ともリュックを背負ったまま廊下をまっすぐ進み、階段を降りて行った。
「どんな穴か、ちゃんと教えてよねー、すたんぽんの穴! 写メもねー」
 エレンが叫び、周りの連中が笑い、田嶋が後ろ姿のままぴらぴらと手を振った。

 それから二人とも、帰ってこなかったのだった。



 ふと、学校菜園の端に人影をみた。
 大柄な影とそこに半ば隠れるように小さな影。
 二人は同時に立ちあがり、大きな影が四宮に向かって手を上げた。
「シノ部長! 部活? 今から」
 眩しさに目を細め、近づいてみるとそこにいたのは
「キフネ先輩……」
 貴船の影にいたのは、エレンだった。
 エレンは、えへへ、と笑って手に持った大きなキュウリを上げてみせた。
「見てくださいよ~、すっごいですよねこれ、ジャンボキュウリ」
 でかいなんてもんじゃなかった。エレンの腕よりまだ太い。
 青々とした表面はつるりとして、キュウリというよりも、細長くなった西瓜のようにも見えた。
「どうしたんですか、二人で」
「ウチのクラスで作ってる畑なんだ、ここ」
 貴船がうれしそうに足もとを指さす。
「見てくれよ、オレの苗すごい豊作だったんだ。いい加減に採りに来るように担任に言われてさ」
「というより、先輩……」
 四宮は半ばあきれて、山と積まれたお化けキュウリを見おろした。
「ただ単に、ずっと収穫を忘れていただけじゃ、ないんですか?」
「うちのクラスも畑作ってるんですけどぉ」
 エレンが割って入った。
「エレンのトマトはいっこも成らなかったんですよ~」
 キフネ先輩のところと隣どうしなのに、ぜっんぜん! とエレンが口をとがらせる。

 学校のクラスは進路や縦割りではなく、『ゼミ』という単位で振り分けられていた。
 エレンは一年次の『園芸と調理』ゼミに所属し、貴船は『晴耕雨読』ゼミに所属していて、どちらのクラスもゼミの担任のもと、ホームルームなどで耕作を行っていたようだ。
 広い敷地の他の場所にも、見るといくつかのゼミが畑を作っていた。

「シノ部長、キュウリ持って行かないか?」
 貴船がどっこいしょ、と二本ばかり持ち上げたが、四宮は
「けっこうです」
 にべもなく断った。
「今から部室に行くんで」
「昼食まだだろ? 野菜も食えよ」
「野菜ならジュース買ってきました」
「生も食わなきゃダメだぞ」
 生って言っても……と四宮は鼻の間にかすかに皺を寄せてキュウリとは以て非なる物体に再度目をやった。
「それにさ」
 貴船は楽しそうに付け足した。
「ストレス解消にもなるんだぜ、これ」
「何がですか~?」
 脇から興味しんしんといったふうにエレンが口を出す。
「でっかいのは、種もでかいんだ。メロンみたいな種がぎっしり詰まってるんだわ。このキュウリを縦半分に切ってね、こう」
 手刀でやってみせる。

 一瞬、貴船の持ったキュウリがすっぱり半分に切れて見えた。
 四宮はゆっくりと瞬きする。
 眩しさのせいだろうか。

「切ってみると、表面に種がちょっと見えるだろ、それをね、ぎゅーっと」
 貴船は両手の親指と他の指とでキュウリを捧げるように挟み持つ。
 そして、その指先にぐっと力を入れてみせた。
「こうやって絞るように押すとね、断面から、ポコポコポコ~~って、種が飛びだしてくるんだ。次々とね」
 えっ! エレン、やってみたいですー、と早くもぴょんぴょん脇でジャンプしている。
 風船を欲しがる幼稚園児みたいだ。
「飛び出して、くる?」
 四宮は何となく絵柄を想像してみる。
 キュウリの断面から、押された種が
「そう、まるで穴から逃げ出そうとする虫みたいにさ」
 急に日が陰って、貴船の表情が消えた。

 部室には結局、貴船とエレンもついて来た。
「だってさ、キュウリ持って帰るのに袋が欲しいしさ」
 あーでも部室やっぱり落ちつくわ、と何しに来たかよく分からない貴船がどさりと席について大きく伸びをした。
 四宮は機械をセットアップしながら横目で貴船を見る。
 麦わら帽子、ワイシャツの首に手ぬぐい、なぜか長靴のままだ。どこからどう見ても、畑仕事のオッサンという風情だった。
 その点、エレンの方が普段の様子に近い。鼻の頭にぽつりぽつりと汗を乗せて、額に前髪が貼りつきかかっているが、夏服の彼女は元気いっぱいだった。
「あっつ! ここムチャ、暑いですよねー! クーラーつけましょ!」
 早速スイッチを操作している。
「シノ部長、でさ」貴船が急に身を起こす。
「どうすんの? 今日は」
「データ解析を最初に」
「河合に田嶋かぁ……アイツら、ホント訳わかんないよな」
 貴船はエレンの方を振り向いて大声を出す。
「後からあの二人と連絡取ったヤツ、いるの?」
「分かりませーん」
 エレンは拾い上げた下敷きでぱたぱたと顔を仰ぎながらケータイを取り出した。
 
 昨日のことを、四宮もまた頭の中で反すうする。
 田嶋と河合の二人が視聴覚室に向かって間もなく、スタンプオンの画像データにいっとき乱れが生じた。全校内のスタンプが受信できなくなってしまったのだ。彼らの足跡ももちろん読めなくなったため、エレンが二人に電話をかけた。すぐにつながったまではよかったのだが、視聴覚室前に着いた時、
「あれ、かぎ。待てよ河合」
 田嶋のその一言を境に、ぷつりと連絡が途絶えた。

「夏目センセイが急に来なけりゃ、すぐに追っかけられんですけどねー」
 エレンの言葉に、貴船がちっ、と舌を鳴らす。
「下校時刻だー、帰れーって……ナッチーのやつ、いつもは八時までザンギョウさせるクセにな」
「ですよねー。いつもならもっと無茶させるクセに」
 エレンもふくれている。それに貴船がエレンの口調をまねてさらにかぶせてきた。
「四十過ぎると急に守りにはいっちゃんでしょーかねー、やだやだオッサンてば」
 四宮はつれない。
「まあ、理事会の日は仕方ないですよ。それにしても田嶋と河合、」
 四宮の眉間にかすかに縦じわが寄った。
「アイツら……無責任にも程がある、ラインも見てないようだし」
 四宮の怒りように、ふふ、と貴船の目じりが下がる。
「シノ部長、そのもっともらしい言い方がまたサマになってるよな」
「何ですか、『もっともらしい言い方』って」
「でも縦じわなんて寄せるといい男が台無しだよ」
「止めてください」
 エレンが大声で茶化す。
「あっ、キフネ先輩、部長にホレてる~」
「はぁっ?」
 思わず四宮の叫びが裏返った。
 貴船がからからと笑い、四宮はごほん、とむせてから声の調子を戻す。
「……それより、夏目先生はちゃんと田嶋たちに会えたんでしょうか」
「会えなかったら今ごろ大騒ぎだろうねぇ」
 オッサンみたいな口調でそう言ってから、よっしゃ、とこれまたオッサンじみた掛け声とともに貴船は立ちあがった。
「せっかく来たんだから、ちょっくら見てくるわ」
 そのためにここまでついて来てくれたらしい。
「えっ、すたんぽんの穴ですかー。エレンも行きます!」
 座り込んでいたエレンもぴょこんと立ちあがった。
「もち、来てもらうさ。だって俺」
 長靴の片足を上げてみせた。
「今日コレだから足跡つかないしね」
「エレンはちゃんと、タグついてますよー、今日も」
「ホント、エレンちゃんさ」
 貴船が感心したようにつぶやく。
「まったく、科学部のお手本のような人だよねえ」
「えっへん」
 人差し指で鼻の下をこすり、エレンはドヤ顔だ。
 貴船は自宅から長靴履きで来たらしい。歩いて十分もかからないんだよ、と前からよく言っていたが、まさか麦わら帽子もそのままで来たのだろうか? と四宮はまた、ちらっと彼の姿を見る。
「データは復旧したのかな、シノ部長、エレンの足跡は見える?」
「はい」
 ためしに部室をモニターに映してみたら、自分の足跡とエレンのものはくっきりとスタンプされていた。
「あら、シノ部長もちゃんとタグついてんだ、えらいねー、さすが部長」
 貴船は子どもをほめるように言ってから、ぱん、と手をはたく。
「じゃ、行って来るわ」
 エレンちゃん、行くぞー。と貴船は農家のオッサンのまま立ちあがり、仔犬ばりの小刻みなステップで走り回るエレンを引き連れ、部室を出て行った。

 四宮はしばらくその様子を追った。
 部室は急に静まり返った。機械の発するかすかなモーター音がやけにうるさく感じられる。
 ひとり分の足跡が、まっすぐにとはいかないまでも、かなり速いペースで廊下を進み、階段を二階分降り、近くの連絡通路を抜けて北館へと入って行くのが見えた。
 北館入口でしばし、立ち止まってからまた足跡は進んでいった。
 通路をずっと西の端まで軽やかに歩いているのが、黒い画面の中、線画の見取り図に映しだされていく。
 そして、小さく青緑に輝く足跡はついに視聴覚室前に立った。
 四宮のスマホが鳴った。
「シノ部長、着いたよ」
「あの」
 四宮はごくりとつばを飲んだ。なぜか、訊いていた。
「カギ、かかっていますか?」
「カギ?」
 うんしょ、と取っ手に手をかけて引っ張っている様子がうかがえた。
「かかってる、いや……」
 貴船、かがんでみたようだ。
「カギ、壊れてるわ。穴になってる」
 脇からエレンの声がする。「入りましょーよー」
「うん、とりあえず入るわ」
 昨日までモニター内の教室見取り図に散らばっていた足跡はずいぶん薄くなっていた。
 仕様でどのようにでも表示できるのだが、今は分かりやすいように時間単位で表示が薄れていくように設定してあった。
 しかし、『穴』の位置はすぐに判った。周りが薄れていようがやはり、奇麗な円なのだ。
 四宮は電話口に向かって
「見た感じ、何かありますか?」
 と訊ねるが、貴船の返事は
「いいや、何も」
 だった。
「場所、詳しく説明します。とりあえず教卓のすぐ入口側の脇に着いてください」
「もうスタンバったよ」
 教卓の四角い形は、見取り図の中にやはり黒く残っている。新しい足跡が、側面のすぐ脇に見えた。
「落合くんは見えますが、先輩はどこに?」
「エレンちゃんのすぐ後ろ」
 くすくすと笑う声が漏れ聞こえ、四宮は束の間モニタから目を外し、唇をかむ。

 落合のことを、みんなエレンと呼んでいるが自分はどうしても名前で呼べなかった。
 落合は自分のことを笑っているのだろうか?
 会話が漏れ聞こえていたのだろうか? 相変わらず堅苦しいですねー、というエレンの声が聞こえたような錯覚に陥る。

 だが、すぐに気を取り直して電話口で指示を飛ばす。
「教卓のすぐ前、距離としては五十センチくらい離れた、たぶん机の前列よりもわずかに前に空いた場所だと思います。入口から見て、教室をちょうど半分に分けたまん中の位置になるかと」
 貴船がエレンに何か言っているのがかすかに聞こえる。マイクを押さえているのだろうか。
 それからすぐ、蛍光色の足跡がはねて、『穴』の縁に立った。
 ちょうどぎりぎりの場所だ。

 まるで……井戸の縁に立つような。誰も来ない場所の、暗い森の中の。

 四宮は突然襲ってきた映像にぶるりと頭を振った。
 井戸、それに暗い森だって?
 どこからそんな発想が沸いたんだろう。

「もしもし?」
 声が何も届いてこない。
「もしもし、先輩、今どこに?」
 電話からは何の音もしない。エレンの足跡は相変わらず穴の縁から動いていない。
「貴船先輩、聞こえますか?」
 いっしゅん、足跡がゆらいだ気がした。ほんの瞬きの間に、何かがかぶさり、それが消えた……いや、
「……融けた?」
 何度もまばたきを繰り返し、画面を凝視したままスマホを握りしめる。「聞こえますか? もしもし? 先輩!」
 今度はスマホを見る。通話がいつの間にか切れていた。
「クソっ」
 リダイヤルをするがつながらない。
 モニター画面から、エレンの足跡が消えていた。
「何だよ……これ」
 その時がたん、と大きな音がして四宮はぎょっとして顔を上げた。
「どうしたの?」
 部室の入口に立っていたのは、成島みずきだった。
「何? 部長。メッチャ……ビビった? 今」
「……み、」ごくりとつばを飲んで、四宮が続ける。
「成島さん、い、今」
「だからみずきでいいってば」
 四宮と二人きりの時だけにしかしない、わずかにぞんざいな口調でみずきは言う。
「幼稚園の時からさんざん気安く呼んでたクセに」
「すごい音が」
「ごめん、ドアにぶつかったんだ、でもそれくらいでそんな驚く? さっき電話してたの? 何?」
「……大変だ」
 四宮は眼鏡を押し上げ、キーボードを操作する。焦った手つきで視聴覚教室の図を更に拡大し、エレンの個人コードを入力して検索する。
「落合さんが消えた」
「えっ?」
 どういうこと? と問い詰めるみずきに、四宮はここに来てからのことを手短に説明する。
「貴船先輩にはタグがついてないんだ、それに電話も切れてしまった」
「だったら」
 みずきは窓際に寄って、向こうに伸びる北棟の、一番左端の方に目をやった。
「いいじゃん、私たちで見に行ってみれば」
「しかし……」
「部長……ケイちゃんさ」
 みずきは大きくため息をつく。
「昔っからそうだよね、何かトラブり出すと急にオタオタしちゃうよねえ」
 それにさ、と言い聞かせるような口調で四宮の前にやって来る。
 モニターにくっつくようにしていた四宮の頭をぐい、と引き離し、画面と彼との間に顔を割り込ませる。
「データデータ、って、とりあえず見に行けば早いじゃん。すっごく遠いワケじゃ、ないんだし」
 四宮が「違うんだ、」と言いかえそうとした時、
「たっだいまー」
 入口から能天気な声が響いた。
「あー面白かった、すたんぽんの穴ってば」
 楽しげなエレンの後ろからひょこっと貴船の頭がのぞいた。
「おー、お待たせ、あれ、ナルちゃんも来てたんか」
 四宮の顔を見て、少し驚いた顔になった。
「どした?」
「……あの……おかえりなさい」
 貴船は肩をすくめ、スマホを持ち上げた。
「ごめん、充電切れだわ」

 何もなかったですよー、ただの床でしたー。
 エレンの声がどこか遠くから響いた。

 結局、キュウリは無理やり押し付けられて、四宮は大きな袋を自転車のカゴに放り込んで家に帰ることになった。
 それでも、二本で済んだ。みずきが来てくれたおかげで、割り当てが減ったのだ。 
 みずきが
「ケイちゃん速すぎ」
 とブーブー文句を言っていたので四宮は仕方なく自転車から降り、ゆっくりとハンドルを押して歩く。
「結局、エレンちゃんのデータは復旧できたんだね」
「タグが壊れた様子はなかった、再登録したよ」
 それでも、二人が実際にその『穴』を踏んだかどうかについては、「多分」とあやふやな答えしか得られなかった。
「……」
 みずきの言葉を聞き逃し、ぼんやりしていた四宮は後ろからがん、と自転車を当てられた。
「ごめん何?」
「週明けに終業式なんて、めんどくさいねーって言ったの」
「何だ」
「何だ、じゃないよ」
 怒った拍子にハンドルから手を離しそうになって、みずきはあわてて態勢を立て直す。
 カゴに入ったキュウリがバランスを崩し、鈍い音を立てて道路に落ちた。
 みずきは、きーっと髪をかきむしり、自転車を路肩に停めた。
 そんなみずきを見おろしながら、四宮はつぶやく。
「明日は学校に入れないしな」
「えー、休みにも学校行きたいんだ!」
「スタンプ・オンがどうしても気になるんだ」
 うんうん、みずきがキュウリを拾いながらうなずいている。
「わかるわかる、ケイちゃん、とことん突き進むタイプだからね」
 あーあ、一本折れちゃった。みずきは拾ったキュウリを持ち上げた。
 どこに当たったのか、断面が斜めに切れたようになっている。
 芯のあたりにぷくぷくと、種がいくつか薄い膜に包まれて上からのぞいていた。
「ちょっと……」
 四宮が手を出した。
「片方貸して」
 種が多そうな方を受け取り、四宮は不細工な凹凸になった断面を見た。
 断面を上に向け、捧げ持つような両手の指で、ぎゅっと皮の上から圧をかけてみる。
「ちょ、何してんの」
「……本当だ。すごいな」
 膜を突き破り、薄茶色になった種がぽこぽこと姿をみせる。今まで何も出ていなかった芯の表面からも、隠れていた種が姿を見せた。周りに少しゼリー状の膜がついているせいか、どの種も外から押されると案外威勢よく外に飛び出してくる。
 
 急に、連想がつながった。

 お化けキュウリから次々と飛び出してくる種。
 穴の縁に立つ、緑に光る足跡。エレンの足跡。
 つるりと穴に吸い込まれ、そして次々と、どこかから飛び出してくる、押されて、じっとり絡みつく膜を突き破って、この種のように……

「ねえみずき」
 怪訝そうに見守るみずきではなく、押さえつけているキュウリの断面に目を据えながら、四宮は淡々とこう持ちかけた。
「……夏休み、一回だけでいいからちょっと付き合ってくんない?」
 あっけにとられたみずきの表情とは裏腹に、四宮の顔はいつになく真剣だった。
「な、ななな何急に」
「みずきの言う通りだと思ってさ」
 四宮はキュウリを路肩の向こう、草むらの中に方に投げた。
「やっぱり現場をちゃんと見るべきだと思う。こっそり忍び込む」
「アタシに手伝えって言うの?」
 みずきが悲鳴を上げる。
 しかし、四宮には分かっていた。
 
―― みずきは、断らないはずだ。なぜなら

「分かったよぉ」
 みずきは昔からそうだった。
 ケイちゃん、どこの高校希望してるの?
 初めてそう尋ねてきた時から、実ははっきりと気づいていた。
 自分を追いかけて、追いかけて……理数系が得意でもないのに同じ科学部にも入ったくらいだ。

 利用しているのだろうか、彼女の想いを。

―― いや、違う。

 俺もみずきのことが。
 それにみずきだって真実を知りたいだろう。だから。

 四宮はみずきの答えを待つ。信じながら。
「……いつにするの?」
 いつの間にか、それでも肩に力が入っていたようだ。
 四宮はほっとして、大きく息を吐きながら答える。
「夏休みの部活で、スマホから見られるようにちょっと手を入れる。その支度ができ次第、すぐに」


*** みいちゃん 5


 みいちゃん。
 いや、みずきはずっと、追ってくるはずだ。
 ボクのことを。
 小学校から中学校になって徐々にボクの背たけが伸びて、いつの間にか彼女を追い越し、学校では体育や学級活動ばかりではなく、勉強も優劣がつくものなんだ、と誰もが身体の芯からすっかり染められた頃にボクは『僕』に成長して、誰もが認める優等生という存在になって。
 そんなつもりはなかったのに、『頭脳明晰』で『沈着冷静』、『何ごとにも動じない、鉄の心臓』だなんて言われて、どこか自分でもその気になっていって。そして、幼ななじみの呼び方が
『みいちゃん』
 から
『みずき』
 に変わって。

 いつの間にか、追うのは僕ではなく、みずきの方になっていた。

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