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『小鳥ことり、サクラヤマのぼれ』12

【UNO大会】
 
 ルリコはそれなりに背が伸びて、昔のぽっちゃりしたところはすっかり無くなってしまい、ますます美少女度に磨きがかかっていた。
「コーラ二リットル、途中で落としちゃった。ふた、すぐ開けないで」
 つり上がり気味の大きな眼でヒワを一目見て、あいさつも無しにそう言ってコーラを差し出した。
「うん、わかった」
 いっしゅんこちらを見据えただけだったとは言え、相変わらずでメヂカラが強い。
 ルリコは昔から、人を見透かすようにじっと眼の中をのぞき込んでくるような子だった。幼い頃はおかっぱに近い髪で色が白く、あまり口数も多くなかったせいで、どうにもとっつきにくい印象があった。こちらが何か尋ねても返事は一言ふたことだし、自分から話す時も口調がきつく、いつも怒っているようにも聞こえたし、何よりあまり笑ったところも見たことなかった。
 兄の圭吾も『あのネコムスメ』とよく言っていた。
 相変わらず表情に乏しいながらもこうしてやって来たルリコを、ヒワは目をぱちくりさせながら中に迎え入れていた。
「おじゃましまーす」後から似たような背格好の少女が二人、もうひとり
「……っす」いかにも体育会系といった少年が、顔を赤らめながら玄関をくぐった。
「あれ、タイチじゃねーか」ケンイチが意外そうに目を見開く。
「ケンさん、おひさしぶりっす」
「タイチが学校の近くでヒマしてたから、ボディーガードに来てもらった。どうせ夕方までUNOやるんでしょ? 暗い夜道じゃ、お兄ちゃんだと不安だし、弱っちいし」
「弱っちいとは何だ、力こぶ見ろよ」
「ばーかヘンタイ。シャツめくらなくていいって」ルリコは容赦ない。
 だって団地だから、何かと危ないじゃん! と少女たちは無邪気に言い合っている。
 急にまた、菅田のことを思い出し、ヒワは顔をこわばらせた。が、
「はいはい、じゃあ、まず飯にしよう、腹ごしらえからね」
 ケンイチがぱんぱん、と手を叩くとかしましい少女たちもいそいそと支度にとりかかった。
「まずはタイチ、そこの包み全部開封して、ルリコお湯沸かして、ヒナ、冷蔵庫開けていいか? じゃあそこのふたり、お名前は? そっか、よろしく。じゃマリちゃんは……」
 子どもあしらいが上手いのは、祖父の血筋のようだった。
 キャンプか何かのように、誰もがてきぱきと動く中、ヒワはそっとケンイチを脇に呼んで小声で訊ねた。
「いいのかな……病院の方に、連絡しなくても」
「ヒワのせいでも何でもないんだし、後は大人たちに任せるしかないよ」
「うん」それに電話で問い合わせたとしても、不審者だと思われるだろう。
 レトルトカレーと聞いたせいか、ルリコはコンビニでサトウのご飯を人数分買って来ていた。ロクに話を聞いていなかったようにみえて、なかなかそつがない。
 カレーとご飯とをみんなで温めて、皆で輪になって食べていると、ようやくヒワも、落ちついた気持ちになってきた。胃が痛むのは、あまりにも空腹だったからだ、と気づいた。
 UNO大会は大盛り上がりだった。
「ドロー2の次にまたドロー2は反則だってば!」
「ばっ、おめえモトシラルール知らねえな?」
「だっせぇケン兄ぃ、何その田舎くさいネーミング!」
「ですよ先輩、公式ルールじゃ、それダメなんですって」
「……判ったよ、じゃあ大人しくひっこめる、と見せかけてのドロー4!」
「鬼畜めぇ!」
 すっかり暗くなった頃、ヤベじいが「すまんすまん」と戻ってきた。
「なんだルリコもいたのか」
「なんだ、じゃないでしょ」ルリコはすでに手早く片付けをして、連れを促して外に出た。
「じゃあ俺、コイツらを送るよ」
 ケンイチがヒワにそう言って靴を履きかけると、ルリコが鋭い目をしてケンイチを止めた。
「お兄なんかいなくても大丈夫だよ、そのためにタイチ連れて来たんだから。それよかお兄はヒワちゃんのボディーガードでしょ? はい、車乗った」
 ルリコはクールな物言いで、どん、とケンイチを前に押し出す。
 ヒワがありがと、と言う間もなく中学生軍団は賑やかに団地を下っていった。
 
 駅までの道中、最初はあまり会話も弾まなかった。助手席に乗ったヒワに、ヤベじいはなるべく今日の出来事に関係ない話題を振ってくれているようだった。
 後ろの席が妙に静かなのでふり向いてみると、ケンイチは仰向けになって熟睡していた。
「まったく、寝る子は育つと言うが……コイツはだから背ばっかり伸びるんだ」
 ヤベじいが毒づき、ヒワはふふ、と小さく笑う。
 もう少しで駅に着くというあたりで、ヤベじいが、研一に駅構内まで付き添わせよう、と言うのを「大丈夫です、切符買うのは判るし」
 そう言ってから、ヒワは「あの」咳払いしてから切り出した。
「私のために、メ、えと、あのおばあさんのウチにまで行ってもらって……ありがとうございます」
「ああ」前を見据えて、ヤベじいが答えた。
「まあね、また何かあったら言ってくれればいいさ」
「あの」気になっていたことを聞いてみた。
「一週間前、おばあさんの所に訪ねてきたの、ヤベじいだったんですか?」
「行ったよ、」つくづく嫌になる、という口調だが笑っている。
「一緒についてきてくれって知り合いに頼まれてね。聞きたいことがあるけど、ひとりだとまるで話にならないから、って」
「菅田さんのことで?」
「あ? まあね」
 町内会長かそのあたりのお偉いさんが、事情聴取みたいなことをしていたということなのだろうか、ヒワは目を見開く。
「菅田さんのことで、おばあさんが疑われていたってことなんですか」
「いや……なんていうのか、」きゅうにしどろもどろな口調になる。
「とにかく何かあると、あの家に聞きに行く、みたいな流れがあるのかな」
「そのたびにヤベじいも呼ばれるの?」
「まあ、他の人よりは慣れてるからね、あの人の扱いは」
「あの、ヤベじいはメ、いえ、あのおばあさんのコト、平気なんですか?」
「目玉ババア?」ヤベじいは言ってからははは、と笑って頭をかいた。
「ババアには、どうにも見えないしね」
 ヒワはそのことばにぎくりとする、確かに、あの家にいた目玉『ババア』はどう見ても幼女だった。だが、ヤベじいはこう続ける。
「まあそれだけ、こっちもジジイになった、ってことだろうなぁ」
 そんなことないですよ、とヒワは口の中でもごもごと反論した。
 そう言えば、と急にヤベじいが口調を変えた。
「ヒロちゃん……広茂さんは元気なのかな」
「あ」そう言われれば、こちらに来ることになってから今まで一度も、祖父のいるスミレ台特別養護老人ホームには訪ねていったことがなかった。
「スミレ台には、行ってないです」
「そうか」
 正式に引越しが決まった時に、智恵に頼んで祖父の所を訪ねようとしたことがあった。
 しかし智恵は、
「もうね、誰がだれなのかさっぱり判ってないしね、それに、シン兄たちにも良い顔されないしね……」
 そうことばを濁して、それきりになっていた。
「俺も少し前にね、こっそり訪ねていったことがあったけど」
 ヤベじいは言い訳するかのように頭を掻いていた。
「来るな、ここに来るな、って怒られたよ」
「おじいちゃんにですか?」
「ああ、来ちゃ駄目だ、ってえらい剣幕だったね」
「幼馴染だ、って判ってたのかな?」
「どうだろうな……まあ、威勢だけは良かったけどね」
 そう言って、少しだけ笑みを浮かべて振り返った。「さあ、着いたよ」

 東京の自宅に着いたのはもう夜の十一時を過ぎていた。
 それでも、東京駅から帰り道のどこをとっても、元白鳥と比べればまだ宵の口のような明るさとざわめきに満ちている。
 忘れ物をいくつか取りに行くと言ってあっただけなので、家族は今回の件を知らない。階下の両親ももう眠っているようだ。
 ヒワは廊下の明かりだけつけて、足音を忍ばせて二階に上がった。
「あ」
 思わず声をあげる。ミーコが、階段を上り切った二階の廊下にうずくまっていたのだ。
「ミーコ、ただいまぁ」
 ヒワがかがみ込む。
 ミーコは、ヒワが小学校に上がってすぐ、まだ目がようやく開いた頃に近所の公園から拾ってきた猫だった。
 今回遠くに住むことになった時も、ヒワが一番心配していたのはミーコだった。
「ごめんね、ミーコ。さびしかった? ごはん食べてる? ほら、おいで」
 ミーコの様子が何だか変だ。「どした?」
 耳をペタリと伏せて、瞳孔は大きく開いたまま、ヒワを見つめている。
「ミーコ? もしかしてもう忘れっちゃったの?」
 ミーコがわずかに後退る。
 ヒワは、伸ばしていた手をゆっくりと引っ込めた。
 ミーコが、ずっと低く唸り続けていたからだ。
「……ごめん、怒ってるよね」
 そうつぶやきながらも、何となくうすら寒いものを感じてとりあえず、自室に入った。
 ミーコが入って来られるよういつもならばわずかにドアを開けておくが、少し迷ってから、ドアを完全に閉ざす。
 ベッド脇に荷物を投げ出してすぐ、ケンイチに連絡を入れた。
 しばらくたって、ころん、と小さくラインの受信音がした。ケンイチからだった。
『こっちもみんな家に着いた、お疲れ!』
 わざわざ『お守り』のイラストが添えてあった。
 斜め向かいの部屋だろう、ドアが開いた音、続いて照明のスイッチをぱちんと押し込む音が耳に届く。
「誰?」と廊下から、低い声がした。
 ヒワが部屋から出ると、Tシャツにトレパン姿の圭吾が階段の降り口を見やっている。ヒワに気づいて
「あれ、おかえり」
 テンションの低いままそう言った。どうやら、自室で寝ていたようだ。
「ただいま」
「今、来たのか」
「少し前だよ、十分くらい前」
「ふうん……」
 まだ階段の方に目をさ迷わせている。
「何? トイレ行って道に迷ったとか?」
 そう茶化すと、ぼんやりとした声でこう言った。
「誰かお客を連れて来たのかと思って。お前の後からもうひとり、上がって来ただろ」
 ヒワの首筋で産毛がぞわりと逆立つ。
「ひとりで来たよ。やだ、見たの? 誰か」
「いや……」急に醒めたのか、彼が目をぱちくりさせた。
「何、言ってんだお前? 今、着いたのか?」
 ヒワが更に問いかけようとした時、圭吾がきびすを返す。
「俺、明日から合宿なんで、お静かに。お前も早く寝ろよ」
 

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