短歌っておもしろいと思った話
近ごろ短歌にはまっています。おもしろいです、短歌。文学部出身ではなく、そういえば学校で習ったような記憶が…というくらい短歌に関心がなかったのに、どうしてはまってしまったのか、自分なりに考えてみました。
短歌ってすごく生々しい
2年くらい前、たまたま図書館で目に入った俵万智さんの「あなたと読む恋の歌百首」を借りて読みました。たぶん自分の意思で短歌を読んだのはこのときが初めてで、「短歌ってなんて生々しいんだろう!(いい意味で)」と思いました。恋愛の歌を集めた本だからというのもありますが、詠んだ人の感情がリアルでダイレクトに伝わってくるようでした。それが自分が過去に経験した感情にリンクして、より生っぽさを感じたのだと思います。
短歌は想像をかき立てる心のドキュメンタリー
その後しばらくして、NHKの「平成万葉集」という番組を見ました。そこで、歌人の永田和宏さん・河野裕子さん夫妻のエピソードと歌が紹介されます。
中でも河野さんの乳がんが見つかってから亡くなるまでの歌が、わたしに大きな衝撃を与えました。
何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない
長生きして欲しいと誰彼数へつつつひにはあなたひとりを数ふ
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
わたしの琴線にダイレクトに触れてくるようでした。それはバチーンと弾かれるような激しいものでした。そして歌集「あなた」を読みました。「あなた」は河野さんが出した15冊の歌集から編纂されています。
自分のこと、家族のこと、日々の生活…10代から60代までの河野さんの歌を読んで、短歌は心のドキュメンタリーだと思いました。あるひとりの人間の。
初産の時に詠んだ歌では、夏の夜明けにとてつもない疲労を感じてぼんやりとしている中、どこからか聴こえてくる蝉の鳴き声が思い浮かびました。
しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ
そして乳がんに侵され病床で詠んだ歌では、夏の蒸し暑い日に蝉の声を聴いて、出産時の蝉の声や感じていたことを思い出しているさまを想像しました。
子を産みしかのあかときに聞きし蝉いのち終る日にたちかへりこむ
本人の感じたすべてを想像できるわけではありませんが、この短い文字数でたくさんのことを読む側に想像させてくれます。
短歌をはじめるハードルは高くない
いろいろな歌人の歌を読むうちに、「わたしも詠んでみようかな」と思うようになりました。しかしなんとなく短歌の高尚なイメージが抜けなくて、二の足を踏んでいました。そんなときに出会ったのが「短歌タイムカプセル」という短歌集です。
戦後~現在の歌人のアンソロジーで、わたしと同年代であったり年下の歌人の歌も収められています。年代が近いと言葉遣いや感覚も身近に感じられて共感できる部分が多く、短歌とは決してハードルの高いものではなく、誰が作ってもいいものだと思うようになりました(もちろんレベルの高低はあるでしょうが)。あの「万葉集」だって天皇から農民まで、様々な身分の人の歌が収められているし。別にいいじゃん、趣味でやるなら誰に迷惑をかけるわけでもなし。というわけで、ぼちぼちと短歌を詠みはじめ、「うたよみん」というアプリで投稿するようになりました。
3か月前からはじめて、ほぼ毎日投稿しています。(noteは連続投稿1か月で挫折しましたが…)
短歌で日々が新鮮になった
わたしには「5・7・5・7・7」の短歌の形式が合っているようです。31文字の中に言いたいことを詰め込むのはなかなか大変ですが、制限があるからこそうまくいったときの喜びがありますし、使う言葉のひとつひとつに気を配るようになりました。また、身のまわりのなにげない光景をよく観察するようになりました。写真や動画でみんなと共有するのもいいですが、観察したものを自分のフィルターを通して表現するというのもとてもおもしろいです。同じテーマで詠った他の人の歌を読むのも、視点の違いがあって新しい発見があります。散文でも同じことが言えますが、短歌の「自分フィルター」はより独特で個性が出るような気がします。文字数が少ないから凝縮されるのでしょうか。とにかく、今までよりも毎日が新鮮に感じられるようになりました。
以上が私の考える「短歌のおもしろいところ」です。まだはじめたばかりですので、これから発見することがたくさんあると思います。それもまた楽しみです。
最後に「うたよみん」に投稿した中で一番多く「よいね」をいただいている歌を。
もう二度と使わないのに消去せずスマホの中の父の番号
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