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私は怪盗パンツマン

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。だっただろうか。紫式部だか清少納言だか忘れてしまったが、確かそんな感じの始まりだっただろう。

現在の私もそんな状況に置かれている。

男もすなるパンツ泥棒といふものを、女もしてみむとてするなり、なのである。 

今、私は女子大生寮の前で下着漁りをしようとしている。

全く困ったことになってしまった。こんなことは私はしたくないといふのに。

遡ること、一月ほど前。パンツとブラが減っていることに気づいた。全く、困ったことである。

豪胆な私は、江戸っ子のように、パンツ!? 持っていきたきゃー、べらぼう、持っていけーと警察に届けも出さずにしばらく放置していたのである。

すると、当然のことながら、パンツが一枚、パンツが二枚、パンツが三枚、パンツが四枚、…………。パンツが九枚。

パンツが一枚もなーい、という皿屋敷のお化けもびっくりの事態に陥ってしまった。

皿が一枚なくて化けて出てしまうのなら、パンツを九枚も盗まれてしまった私は一体どんな妖怪として、現代怪談話に名を連ねるのやら……。今から胸をときめかせてしまうばかりだ。

パンツ屋敷だろうか、女子大生パンツマン、だろうか?


ええい、そんなことはどうでもよいのだ。それよりもパンツだ。奴め、明日デートに履いていく為に、念のために洗ったオニューのパンツも持っていきやがりやがった。


今、手持ちに履いているパンツは戦闘力たったの5だ。これでは、農家のおじさんを相打ちに持っていくことはできても、ベジータには鼻で笑われてしまうだろう。それではいけない。せめてクリリンくらいの戦闘力の下着は欲しい。此度、三度目の決戦。そろそろ何か起きてもおかしくないのである。


天下分け目の戦い、我が人生においての関ケ原の合戦が起きるやもしれぬのだ。その合戦に槍も持たず、ふんどし一丁で突っ込む馬鹿はおるまい。何とか、火縄銃だけでも調達したいわけだ。


そういうわけで、今自分の寮の前でうろちょろしている。黒い帽子を目深に被り、Tシャツとジーンズという出で立ちだ。……うん、完全に変質者だ。手短に済まそう。


ほほう、この部屋は確か、未紀ちゃんの部屋だったか。へへっ、意外にやらしいの履いているじゃねーか、顔に似合わずによぅ、と本当の変質者のように口ずさんでみる。……軽く自分に引いた。いや、結構引いた。夢ならば、覚めてくれ。


しかし、干されているパンツはもとより、ブラのサイズが合うのを探すのに手間取る。これは、ブラのサイズが合う人を探したほうが効率が良いな、と思い至り、自分の脳内データベースにアクセスする。


脳内を映画マトリックスの様な緑色の数字が浮かび上がってくる。由紀、86、64、83。と今までのセクハラデータが脳内を駆け巡り、一人の数値を掴み取った。亜紀、〇△、✕̻☆、☆△。ゆけ、亜紀、君に決めた、と気分はさながらポケモントレーナーである。


しかし、そこに至って、思い知るのだが亜紀ちゃんの部屋は308号室なのである。お目当てのパンツを手に入れようと思えば、本物の下着ドロの様に排水管のパイプに足をかけて登らなくてはいけない。


それはリスクが高い。明日はデートなのだ。万が一、こんなことで骨折しようものなら、病院に急いで駆け付けてきた彼氏にパンツを盗もうとして骨折したなんていう、到底常人には理解できないことを言うはめになる。そんなことを愛する彼氏に言えるだろうか? いや、言えない。


仕方なしに私は戦闘力5のパンツを履いて307号室の剛田さんの部屋をノックする。扉が開くと同時に奴には賄賂代わりに泡盛を渡す。快く部屋へ通してくれる。ちょろいものだ。


そして、ベランダに出てジーンズの尻ポケットから教鞭を取り出す。伸縮自在だ。ブラックボードの端から端まで届くほどの長さだ。


そう、私は来年から小学校で教鞭をとる教師見習いである。教育実習では生徒たちと苦楽を共にし、この教鞭で指導した。最後の日には、色紙をもらい泣いてくれた子もいる。そんな私が今、その教鞭を取り隣の部屋の住人のパンツを取ろうとしている。


…………死にたくなってきた。一体、あの子たちにこの現場を見られたのなら、一体どんな言葉をかければいいのだ。


ええい、迷うな。ここまで来て、このまま引き下がれるか、今はもう十時を過ぎている。ファンシーでおしゃれな店は軒並み店を閉めている。今や開いているのは〇〇〇〇や〇〇〇ではないか。あそこではヤムチャ程度にしか戦闘力が上がらぬのだ。迷うな、手を伸ばせ、さすれば汝手に入れん。


私の誇りがパンツをかすめ、その間を行ったりきたりする。まだだ、もう少しだ。そして、お目当てのパンツの間に教鞭がピンポイントで突き抜ける。やった、私はやったんだと達成感に包まれた。

「ガラララッ」

嫌な音が隣から聞こえる。そして、バタバタと足音が聞こえ、ベランダ越しに亜紀がこっちに声をかけてきた。

「剛田さん、何かそっちから伸びてるんだけど……」

私は何事もなかったかのように教鞭を引っ込め、剛田さんの家を後にした。脱兎の如くとはよくいったもので、亜紀が剛田さん宅を訪問する前には二階の踊り場まで来ていた。


目星のパンツを逃し、落ち込む姿はさながらルパン顔負けである。犯人は大事なものを盗んでいきました。私のパンツです。しかも9枚も……。いかに銭形警部であろうとも今の私にかける言葉はないだろう。真っ白に燃え尽きた私は、踊り場から下を見つめることしか出来なかった。


すると、階下の暗闇で何かが映るのが見えるではないか。ちょうど、私の部屋の近くだ。その黒い影は私の部屋を一瞥して下着がないのを悟ると隣へ移動し、顔に似合わずやらしいのを履いている未紀ちゃん宅へ移動した。


そして、顔に似合わずやらしいを履いている未紀ちゃんの下着を物色し始めたではないか。私は激怒した。かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。勿論、私は、さっきまで自分が、亜紀の下着を盗もうとしていた事なぞは、とうに忘れていたのである。



私は犯人の頭上に移動して、教鞭を思いっきり伸ばして犯人の頭目掛けてゴルフのスイングをするようにして勢い良く振り下ろした。教鞭が犯人にクリンヒットし、昏倒した犯人は警察に連れていかれることになった。


その後については皆も、もしかしたら聞いたことぐらいあるかもしれない。

お手柄、女子大生、下着泥棒に教鞭で熱血指導!!

という不名誉極まりない記事が地方新聞に載ってしまったことを……。未だに同窓会でからかわれるネタである。正直、やめてほしい。


そんなことがあったが、当時の私は知らぬ話である。私はデート当日になり、ベジータの言葉を思い出していた。

「奴ら、戦闘力を自在に操れるのか!?」

ベジータの言う戦闘力は、私達でいう所の性格や気遣いではないだろうか。確かに着飾れば美しく、綺麗になれる。だけど、人は果たして本当にそんな表面的な所しか見れない悲しい生き物だろうか? いやきっと違う。私は少なくともそうは思わない。


たとえ戦闘力5しかないパンツを履いていたとしても、それでも尚相手を好きでいることはある。それは、今まで交わした会話や思い出、そういったものがあるからである。今まで積み上げきた思い出や容姿以外から出る魅力がトータルの戦闘力として算出されるはずだ。


大丈夫、私は彼氏を信じている。



そう言って、私は亜紀から借りた戦闘力53万の下着を身に着け、関ケ原の合戦に臨んだのだった。









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