[小説]ギフト〜落ち着かない心〜
誰がいつの間に呼びに行ったのか、顧問の先生がやって来た。部室の扉は開いていた。床に丸まったままのあいつと祥太に両腕を掴まれながら荒く息をしているおれを見て、まずあいつの状態を確認した。
「ちょっと見せてみろ」
丸まったあいつの隣で片膝をつき、右手であいつの左腕をそっとどかす。あいつは泣いていた。痛みからか、悔しさからか、驚きからか。
「誰か保健室連れてってやって。確か今日先生いるはずだから。そこでちょっと待ってて。後から行くから」
先生はあいつの周りの連中に声をかけながら、膝に手を置き、立ち上がり、おれ達の方を向いた。あいつはいつも一緒にいるメンバーに支えられ、「大丈夫?」「歩けるか?」と声をかけられながら部室をあとにした。
「じゃあ橘以外は解散。明日も同じ時間から練習始めるから遅れるなよ」
先生は残った部員にそう声をかけ、ベンチに座った。部員たちは「あざーした」と次々に挨拶をし、帰って行った。
「オレも帰るわ。じゃな」
祥太はおれの肩にトン、と手をつき、カバンを拾って他のみんなと共に部室を出て行った。おれはまだ立ち尽くしていた。
「ちょっとこっち座って」
先生は自分が座っているベンチをポンポンと叩き、おれを手招きした。おれは言われるままに先生の隣に座った。
「何があった?」
おれはすぐには答えられなかった。自分自身、あいつに対して手が出たことを驚いていたし、頭の中が真っ白といえば真っ白だったし、いろんな感情が渦巻いてぐちゃぐちゃな感じもした。
部室の外はセミの声で騒がしかったが、部室の中は汗が滲む音さえ聞こえるような、緊張感のある静けさだった。先生はしばらく返答を待ち、おれの様子を観察しているようだった。
「橘は...殴られてはいなそうだな」
顔や腕を覗き込みながら先生は言った。おれは小さく頷いた。
「どういうやりとりがあったのか教えて」
先生は首にかけたタオルの先で鼻の下の汗と額を拭いながら、改めて何があったのかを聞いてきた。
「あいつらが...豊中の、バスケ部の豊中のこと話してて...、なんか...バカにしてて...、そしたら豊中のお母さんのことまで何かいろいろ言い出して...。おれの、おれの家のこととかも...、何か、言い出して」
豊中がパシられてた話や、豊中の母親のウワサ話などは何となく言えなかった。おれの家のことは、先生なら知ってるだろうけど、それも言えなかった。
「渡辺たちは何を言ってたんだ?」
「......」
先生はおれの顔を覗き込んでいたが、おれが黙ったままいると正面に向き直し、大きくひとつ息を吐いた。
「まぁ、何があったにしろ、殴るのは良くないと思う。頭に血が上るぐらいのこと言われたか何かしたんだろうけど、そういう時は一旦その場離れろ。な?」
そう言って先生はおれの背中をポンと叩いて「じゃあ気をつけて帰れよ〜」と部室を出て行った。おれはもっと怒られると思っていたから、何だか力が抜けてすぐに立ち上がることができなかった。しばらくそこで、セミの鳴き声と木の枝が風で揺らされ、葉が擦れ合う音を聞いていた。
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