ばあちゃん
「だぁもううるせぇ!」
酔っぱらって帰ってきた俺は着替えもせずベッドに体を投げ出した。
今日は金曜日。今週は毎日が客先からのクレームの嵐だった。
「俺が悪いわけじゃねえんだよくそが!」
クレームの原因はほぼ現場だ。なぜ俺が現場の尻ぬぐいをしなければならないのか。本当はわかっている。自分の立場はそういう立場なのだと。
「ったくよぉ…。」
目を閉じたら、意識が遠のいてきた。
(何で俺がこんな事…。)
(たかし…。たかし…。)
どこからか声が聞こえる。
「たかし!いつまで寝てんだい!さっさと起きな!」
「ふえ!?」
ばっと体を起こすと。目の前にはばあちゃんがいた。
「夏休みだからっていつまでも寝てんじゃないよ!」
「ば、ばあちゃん。何でここに…。」
「なに言ってんだろねこの子は!ばあちゃんが自分の家にいちゃおかしいかい!」
辺りを見渡すと子供のころよく遊びに行った田舎のばあちゃんちだった。
訳も分からずあっけにとられていると、ばあちゃんが畳みかけた。
「今日は畑仕事を手伝ってくれるんだろう。さっさと支度しな!」
体を起こすと、場所が移り替わりばあちゃんちの畑にいた。
自分を改めて見てみると、子供のころよく着ていたTシャツに短パンだった。
子供のころの俺のまんまだ。
「なにボーっとしてんだい!さっさとこっちに来な!」
俺は言われるがままにばあちゃんの傍に行き畑の収穫を手伝い始めていた。
(これは…夢か…)
そういえば昔ばあちゃんちに遊びに行くと、よくばあちゃんの畑仕事を手伝っていた。
(懐かしいな…。)
ばあちゃんの方を見ると、ばあちゃんが元気な頃の横顔だった。
「ばあちゃんの顔になんかついてるかい?」
「いや…なんでもないよばあちゃん。」
「おかしな子だねぇ。」
ばあちゃんはその畑仕事で凸凹になった手で俺を撫でた。
何だか懐かしくなって涙が出てきた。
「ばあちゃん…。俺、もう嫌になっちゃったよ。」
ばあちゃんは優しい目で俺を見て、撫で続けてくれた。
「たかしは頑張り屋さんだからね。大変になっちゃったんだね。」
ちょっとお茶にしようとばあちゃんが言ってくれた。
そういえば田んぼの傍にある土手でお茶をするのが、俺は大好きだった。
土手に座ると、よく晴れていてでっかい入道雲が見えた。ばあちゃんは水筒に入れた冷たい麦茶を出してくれて、持ってきた俺の大好きなシソおにぎりを出してくれた。
俺は子供に戻ったからなのかそうでないのかはわからないが、まだ涙ぐんでいた。
ばあちゃんは何も言わずに俺を撫でてくれた。俺はばあちゃんに撫でられるのも大好きだった。
「たかしは勉強も運動も一生懸命やってるなぁ。」
俺は涙ぐみながら頷いた。
「学級委員長もやってたっけな。」
「うん。」
ばあちゃんはお茶を飲みながら空を見た。
「ばあちゃんは知ってるよ。」
「何を?」
俺はばあちゃんの方を見た。
「たかしが勉強も運動も学級委員長でも、嫌なことがあっても投げ出さないって。それのおかげで同じクラスの子からも信頼されて、先生からも信頼されて、楽しそうに学校に行ってるって。」
「でも俺、嫌になっちゃったんだ…。全部大変で、もう嫌になっちゃったんだ。」
俺は本格的に泣き出してしまった。
「あたしはな、たかし。」
「…うん。」
「たかしが何でも一生懸命やって、それをずっとやり続けて人から信頼されているたかしが誇らしいんだよ。こんな子がばあちゃんの孫で幸せだなってな。」
「…うん。」
「ばあちゃんはたかしのことが大好きだよ。」
「…うん。」
「おばあちゃんはそのうち天国に行っちゃうかもしれないけど、どんな時もたかしのことが大好きだからね。」
俺は頷くこともできず、くしゃくしゃに泣いてしまっていた。
「たかしは泣き虫だねぇ…。」
ハッと目が覚めた。時計は深夜の12時を指していた。どうやらベッドに横になったまま寝てしまったらしい。ふと目をこすると、現実でも涙を流していたようだった。
布団から体を起こすと、部屋にあるばあちゃんの遺影に手を合わせた。
(ばあちゃん…。俺どうしたらいいのかわからなくなっちゃったよ。)
また目からは涙がこぼれ始めた。俺はそれ程追い詰められているのかもしれない。
「たかしなら大丈夫だよ。」
「えっ?」
ばあちゃんの声がした。辺りを見渡したが、照明に照らされたいつもの部屋だった。
「ばあちゃん…。」
ばあちゃんの声は温かかく、俺の涙はとめどなくこぼれ落ち続けた。
ありがとうばあちゃん。俺大人になっても泣き虫だけど、一生懸命やってるよ。
投げ出したくなるときもあるけど、投げ出さないでやってるよ。
だって大好きなばあちゃんが大好きって言ってくれたから。一生懸命やってるよ。
ありがとう、ばあちゃん。
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