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中二病の悩み

日も落ち始めた夕暮れ時。カフェオレがおかわりできるというドーナツ屋にて、二人の学生がお茶をしていた。
片やなんの変哲もない、なんのやんちゃもしたことがなく、なにも拗らせることもなく、すくすくと育ったような黒髪の男子学生。
片や髪色を銀髪にし、瑠璃色のカラーコンタクトを入れ、片腕に包帯を巻いた男子学生。誤解してはいけないのは、彼は怪我をしているわけではない。いわゆる色々拗らせた中二病なのである。
「で、相談ってなに?」
「我が深淵なる心の深き底に揺蕩う淀み…そう易々と表出されるものではない。」
「そうか。じゃあ俺帰るわ。ごちそうさん。」
黒髪が立ち去ろうとすると、銀髪がすかさず首根っこを引っ張る。
「我が真なる心を理解するのはお前のみ。お前の魂を今、我が深淵が呼んでいる…。」
「お前さぁ…。」
黒髪がはぁと溜息をつくとどかっと元の席に着く。
「聞いてほしいなら聞いてほしいって素直に言えばいいのに。それにその喋り方。去年までお前そんな喋り方してなかったじゃん。」
「…我は目覚めし者。目覚めし者が変革の時を迎えるのは世界の摂理…。」
はいはいと言って黒髪がカフェオレを啜った。
「あれだろ?この前3組の千景ちゃんと一緒に帰った件だろ?どうだったんだ?」
そう。驚くことにこの拗らせた中二病の男子にも女子と一緒に帰るというイベントが発生したのである。ただし、勿論この拗らせた男子と帰るというからには、相手の女子もそれ相応である。


その千景ちゃんという女子は、髪色が紫と金のグラデーションで、学校に来るときには常に星と月の煌めく派手なブレスレットをして、食事の前にはお弁当の前で手を合わせて黙祷をするという変わり者っぷりである。
本人曰く、星の声が聞こえるのだとかなんとか。
その拗らせた者同士。違うクラスと言えど引き合うものがあるようで、いつの間にか二人で帰るということに相成ったのである。


「我が淀みを予言するとは…流石深淵を理解する者。」
「別にそんなもん理解してねーよ。お前がわざわざこんなとこでじっくり相談することなんて今はそれぐらいしかないだろ。」
「…。」
二人して甘いカフェオレを啜る。二人ともまだコーヒーは飲めないのである。


この似ても似つかない二人が仲がいいのを不思議に思う諸氏もいるだろう。何を隠そうこの二人は幼馴染なのだ。しかもお母さん同士が仲がいい。必然的に幼い時よりお互いの家で二人で遊ぶことも多く、銀髪が拗らせて部活をやめる前まではサッカー部で一緒に汗を流した仲なのだ。


「我が同士との帰路。そこには静寂な時が流れていた。我が深淵を揺るがす、静寂なる時が…。」
「ようするにどう話していいかわからなくて沈黙になっちゃって気まずかったのか。」
銀髪は天を仰いでこくりと頷いた。
「ん~そうだなぁ。お前女の子と帰るなんて初めてだもんな。」
「我が言霊は我が内なる結界に阻まれ、我が深淵に飲み込まれてしまったのだ…。」
「言葉が出てこなかったか。俺も女の子と帰ることあるけど普通に話すけどなぁ。」


この黒髪、何の変哲もない男子学生だが、その分他の生徒からは非常に話しやすく、男子のみならずひいては女子からも話し相手として多々選ばれる猛者っぷりなのである。
その黒髪からすれば女子と話すことは、何ら大したことのない日常なのだ。
「ん~そうだなぁ。」
黒髪が店員さんにおかわりを頼み店員さんがこちらに寄ってきた。席に来た店員さんは銀髪を見ると少しギョッとしたが、何かを察したかのように表情は営業スマイルに戻っていった。


「我が言霊の真理を理解する者は希少。故にいかに同士であっても…。」
「というかさ。その喋り方やめれば解決じゃね?」
「…。」
「…。」
「うぅ…我が手に封印されし白竜が…。」
「ごまかしてもだめだぞ。」
「…。」
二人してカフェオレをまた啜る。店内では腰の曲がったおばあさんがカフェオレをおかわりしている。
黒髪がはぁとまた溜息をつく。
「ただでさえ女子と話すハードルの高いお前がその喋り方じゃ余計に喋りずらいだろ。」
「我は変革を迎えし者。元の世界線に戻ることは叶わず。」
「まぁ千景ちゃんならそれでも大丈夫かなぁ…。もういっそのことお前の世界観をぶつけてみるとか?」
「我が深淵なる闇に飲まれては…我が闇に耐えうる者など…。」
「なんだかんだそのキャラでやってるけど、結構気がちっちゃいとこあるよな…。」
そう、中二病を人前で全開にしている割にはこういう場面に遭遇すると人並みに悩む、ナイーブな思春期男子学生なのである。
「千景ちゃんもお前のそういうところ知ってるだろうし、世界観ぶつけても多分大丈夫だろ。」
「しかし我が深淵は…。」
「まぁやるだけやってみろって。俺も千景ちゃんと話したことあるけど、お前に似てるとこあるから大丈夫だよ。」
「…。」
また二人ともカフェオレを啜り、なんとも言えない沈黙が流れる。
「…我が深淵。同士の真なる煌めきに届くことを願う。」
「多分大丈夫だと思うけどな。まぁ陰ながら応援してるよ。」
「…うん。」
そうして時間は過ぎていくのだった。
尚、後日学校帰りに二人で謎の会話を楽しそうに繰り広げていく銀髪と千景ちゃんが目撃されたのはまた別のお話である。

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