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其之一 安楽死後の世界|国は安楽死を認めたけど異世界に転生するっぽい

「はい、間違いなく。アナタは死にました」

 冷静に、とても落ち着いた口調で、無表情のまま、目の前の女性は言った。

「ワタクシは、ルゥヌゥ、と申します。これからお世話になります」


「もしもし?」

 聞こえている。

 だが、言葉が続かない。

 勿論、確かに、死んだはずだ。そう、自分は死んだ。それを自分で決断した。何度も、何度も、考えて。考え過ぎて、泣くほどに。

「現状に、ご不満でしょうか?」

 不満……というか。

「同意文書には、こう記載があったはずです。人権の全てを、尊厳の全てを、放棄する、と。寝起きで頭が回りませんか。頑張って、思い出してください」

 思い出す……。

 自分、は、安楽死を、選択した。国が、とうとう、重い腰を上げて、安楽死を認めたからだ。自分の意思で、人生の幕を下ろしたのだ。

 日本で、世界の殆どの国で、頑なに実現されなかった、安楽死という究極の自由。何がキッカケだったのか、この大きな転換点の意味を、誰も知らなかった。

 突然の解禁。これは国際的な動きだった。日本も逸早く表明した。憶測が飛び交い、連日、テレビのワイドショーが賑わった。日本中が騒ぎになった。その、厚顔無恥な条件にも、だ。

 安楽死する個人の財産を全て没収する。その個人の相続を無効化する。四肢、臓器、脳など、死後、制限なき身体の再利用へ同意すること。

 そして、人権と尊厳の放棄。

 死ぬのに?

 安楽死を尊厳死と表現する場合もある。そこに尊厳がない……どういう意味だろうか。臓器提供のことだろうか。最後まで分からなかった。質問しても担当者は答えない。同意文書にサインはした。

 これは、死後にも生がある、という前提だったのか。

「ここは……?」

 取り敢えず、絞り出した言葉がこれだった。喉が掠れていて、まだ痛い。暫く喋っていなかったかのような、違和感と倦怠感。

 時間感覚は確かにおかしい。長い夢を見ていたような、いないような。死んだのは、いつだ?

 それと、うまく表現できない、空気の感覚。鼻に通る空気、頬を撫でる肌触りが違う。匂いが違う。どことなく。直感。日本ではない?

 自分の周りを改めて見渡した。木造の、風通しの良い部屋。部屋……家か。自分と女性を隔てているのは、カウンターだ。ここは簡易宿か。自分は、あの汚いベッドで寝ていたのか。

「もう既に、お察しかもしれませんが、ここは、最後に命を絶たれた施設ではありません。日本でもありません。地球でもありません」

「え、地球じゃない?」

「地球とは違う惑星……とも現状は言い難いので、異世界、とでも呼びましょうか」

 自分は、異世界、に、連れて来られたってことか。いや、死んだのは間違いないと言っていた。生き返った、”転生”したってことか。

 安楽死すると異世界に転生するって都市伝説は、本当だったのか……。

「この異世界は、フォセマ、と名付けられています。おそらく、将来的には、”惑星フォセマ”と呼ばれるでしょう」

「おそらく、将来的に?」

「現状、惑星であると観測できる科学技術が、ここにはないのです。ご覧の通り、建築のスタンダードは木造。オシャレで”敢えての”木造ではないのです。しかし、夜が訪れ、星空がある。きっと惑星でしょう」

 自分は、知らない惑星に、転生した……この女性、ルゥヌゥ、も、当然のような顔をしているが、知らない惑星で、ただただ、役割を担っているだけの人なのだろう。

「あの夜空が、ホログラムの可能性もあります。あ、プロジェクション・マッピングかもしれません」

 決断して、あんなに考えて、悩んで、泣いて、死んだはずなのに。異世界に転生、か。

 国の考えることだ、必ず裏がある。知ってたさ。利権にまみれた悪巧みしかない。善意でやるわけない、この国が。この日本が。

 死にたいが、自分では死ねないから、生活保護を受ける。そう生き長らえてきた人たちが、かなり減ったという統計が発表されていた。生活保護費の総額が、急速に減少しているらしい。年間で、一千億円単位で。一兆円単位の総額からすると微々たるものに感じるが、それでも、相当な人数の安楽死が実行されたことになる。

 不謹慎にも、経済効果も発表されていた。安楽死で経済効果って、やはり正気ではない国の役人共は。

 相続の無効化だ。死んだ時点の財産は、全て国に没収される。だから、生前贈与が積極的に行われて、経済が回ったらしい。数千億円規模で。

 色々と、思い出してきた。頭が冴えてきた。

 日本は忖度文化だ。安楽死が頑なに拒まれていた理由のひとつ。懸念されていた通り、世間の為に死んだ方がいい、と考えた高齢者も多くが安楽死を選択した。選択してしまった。高齢化社会が改善されてきた、と。素直に喜べない社会現象で、デモも起きた。

 安楽死の直前に書かされたアンケート、それも広く公表された。何故、安楽死を選んだのか。借金苦、病気、障害、興味本位、等々。死の間際の赤裸々な告白に、国民は驚いた。確かに、人権も尊厳もない。こうして国に、全てを自由に利用されている。

 自分も、まさに今、放棄した命を好き勝手に再利用されている。目的は。転生させて、何をやらせる。何の利権を得る気だ……惑星の資源か。

「鏡は、ご覧になりましたか?」

 カガミ。を、覗く余裕などない。

「若く、健康的な時代に戻ってもらっています」

 意味が分からなかった。若く?

 ルゥヌゥから、手鏡を渡された。

「若い!」

 思わず、大きな声が出た。

 シワもシミもない。髪がある。白髪がない。

 懐かしい顔だ。でも、遠い記憶の中の、自分だ。

「二十五歳の身体を再現しています。最低でも、この年齢に達していないと、この異世界に呼べないというルールがあります」

 そうだ、安楽死には、年齢の問題が根強くあった。異世界に転生できるという都市伝説が若年層に広く拡散されて、未成年の子供たちが大勢、安楽死を求めたのだ。

 中には、親、保護者の同意書を捏造して死んでしまった子供もいて、かなり問題になった。国の審査は”いつもの”お粗末だった。

 子供たちが転生できていれば、救いもあったが、永遠に死んでしまったのか……。

「久しい二十五歳のアナタは、イケメンですか?」

 若い。確かに、若い。自分の顔をマジマジと見つめた。眉毛の形も整っている。一本だけ長い毛もない。

 ……仕事の関係で、占いを少し勉強したことがあった。占いは、宝くじ的なものだと思っていたが、違う。人生哲学が根底にあって、とても面白かった。

 占いの教義では、二十五歳から三十五歳までが、人生のピークらしい。自分の人生に最も陽の当たる瞬間。この十年の期間に、自分が何者なのかを、自分の理想の姿、生き様、人生の意味を見つけるのだ。

 二十五歳未満の占いには、意味がないとされている。家庭で、学校で、親や教師の影響を受け過ぎていて、自我が確立できていない、という理由だ。本人も、何が自分の決定なのか、想いなのか、判断できない状態だからだ。

 二十五歳にならないと転生できない。流石に、配慮があるか。自立していない子供を、異世界で面倒も見られないだろうし、何かを達成するなら、最もバイタリティーに溢れた、この太陽の十年間が、最適だ。

 そう、自分の実年齢は、三十五歳をとうに過ぎていた。人生は下降の一途だった。日々、実感があった。

「二十五歳……」

 普通に考えたら、この自分は、クローンだ。現実的な可能性として。地球の記憶を持って、異世界で再生された、クローン。

 地球では、ご法度だ。強大な力を持ったマッド・サイエンティストでも登場しない限り、人間の完全なクローンは生まれない。

 でも、異世界なら?

 有り得る話だし、人間の若返りと空間転移が、現実的じゃないのは、素人の自分でも分かる。一から培養して、記憶を埋め込めば、ある意味、転生だろう。

 死んだら、細胞からクローンを作ります。異世界で働いてもらいます。これは、事前に想像できないって。

 あ、これ……何度でも生き返る、転生できるってことか?

 記憶を引き継いで。少しずつ劣化して、別人格になる?

 いや、既に、今の自分は、誰だ?

 別人か?

 ……ダメだ、これは、続けると精神を病む問答だ。

「身体が若返ると、思考も若返りますよ」

 ずっと無表情だったルゥヌゥが微笑んだ。

 それを喜べってことか?

 イカれてやがる!

 マニュアルか?

 だとしても!

 そうだ、おかしいだろう。

 異世界に転生したいだなんて、一度も、思ったことない。

 自分は、死にたかったんだ!

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