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例えば、夢と現を往返する白皙の幼子がいるとして ~ もう一つの物語 ~


 ベットに横たわる幼い少年を祈るように見守る一人の男がいました。
 少年は男の息子で意識不明の状態が長く続いており、ほぼ脳死状態でした。

 しばらくして男は病室から出ると、暗い廊下を歩き、外の空気を吸おうと一階に降りました。すると、何やらぼんやりと二人の人影が見え、すすり泣くような声が聞こえてきました。

  どうやら二人は夫婦のようでご主人が奥さんを慰めているようでした。男はその場を立ち去ろうかと思いましたが、なんだか邪魔するのも気が引けて影に隠れて二人の話を聞くことにしました。

 話を聞いていると、どうやら二人の幼い娘がこの病院に長い間入院しているようで「夜が怖くてなかなか眠れない」という話や「自分が代わりになれないのか」「なぜあの子がこんな目に・・・」という話をしながらご主人が奥さんを抱えるようにして病院を出ていきました。

 お互い軽く会釈をする程度でしたが、男はその母親に見覚えがありました。

 『確かあの病室だ・・・』男は記憶をたどりながら一つの病室にたどり着きます。

 『間違いない』男はその少女の病室を見つけます。

 男はまた息子の病室に戻ると、息子を見みつめながら、息子がまだ意識があったころ自分に話をしてくれた夢の話をぼんやり思い出していました。

 しばらくして男は突然机の中から筆記用具とノートを取り出すと、息子が見たいろんな夢を書きつづります。書きおえたのち、今度はそのノートを破ると手紙のように丁寧に折りたたみました。

 それから男は車に戻ると車のトランクを空けました。

 『そういえば以前息子が話してくれた黒いマントのおじさんの話を再現するための衣装をここにいれたはずだ』

 ありました。

 男はその衣装を手に取り少女がいる病室のフロアに戻ると、トイレでその衣装に着替えました。そして少女の病室の前に立ち、軽く深呼吸すると軽くドアをノックをしました。

 「コンコンコン」

 男は少女がまだ起きているか不安でしたが、部屋の中から「お母さん?!」という少女の声が聞こえました。どうやら少女はまだ起きていたようです。

 男は病室にそっと入ると少女はびっくりした様子で「だれ?!」と声をあげました。

 男は「シーっ!」口に人差し指をあて辺りをキョロキョロ見渡したあと少女の目を見ながらにっこりと微笑みました。

「こんばんはお嬢さん」

その様子を見て少女は不安そうにつぶやきました。
「もしかして私もう死んじゃうの?
 あなたは天国の人?それとも地獄の人?」

「どっちだと思う?」男はやさしく微笑みました。

 男はその後、少女に自分が書いた手紙を渡しました。少女は怖々と手紙を受け取りましたが、ゆっくりと手紙を読みはじめました。しかし、なんだか読めない字があるようだったので、男は「代わりに読もうか?」と少女に聞くと「うん!」と答えたので代わりに読み聞かせることにしました。

 最初は怖がっていた少女でしたが話を聞くうちに少し驚いた様子を見せたあと、目をキラキラさせながら前のめりで話を聞きはじめたので男は嬉しくなりました。

 しばらくすると次第に少女は眠くなったのかしだいにベッドに横たわると眠ってしまいました。その様子を見た男は少女に布団をそっとかけると病室をあとにしました。

 それから毎晩、男は昔、息子に聞いた話を手紙に書いて、少女の病室で読み聞かせていました。

 ある日、男がいつものように病室に入り、手紙を少女に渡そうとすると少女はそれをさえぎり男に手紙を渡しました。男は少し驚き「この手紙はなぁに?」と聞くと少女は「この手紙をその子に渡して欲しいの」とお願いされました。

 「分かった渡しとくよ」男はにっこり微笑むとその手紙をポッケにしまい、いつものように持ってきた手紙を読み始めました。

 それから不思議な文通がはじまりました。
 手紙はどちらも自分たちが見た楽しい夢の話を書いたものでした。

 それからある日のこと、ある晩、いつものように少女の部屋に入ろうとノックしようとすると、男はドアが少し空いていることに気づきました。

 男は中の様子をそっとうかがうと、母親は寝かしつかせて気持ち良さそうに眠る娘を見ていましたが、しばらくすると突然果物ナイフを手にします。

 「いっそこのまま楽にさせたほうが…」母親は震える手でナイフを娘の首もとに近づけていきます。男はそれを見て思わず部屋に飛び込もうとしたとき、少女は目をつぶったまま微かに微笑みながらこう言います。

 「いいよ、お母さん」

 母親はそれで泣き崩れ、ナイフをベッドの下に落とします。
 その様子を見た男は何もいわずにそっと病室をあとにするのでした。

 その後、男はしばらくその少女の病室に行く勇気がなくなり、息子の病室で目が覚めることない息子をじっと見つめていましたが、少女からもらった手紙を改めて読むうちにまた少女の部屋に行く決心をします。

 それから数日後…男の息子は急変し、医師たちの懸命な救急処置がはじまりますが、男は泣きながら医師に「もうこれ以上の延命治療は必要ないこと」、「これまでお世話になってありがとうございました…」という感謝の気持ちを伝えると、息子の臓器を困っている子供たちに役に立てて欲しいと医師にお願いします。

 医師は男の願いを聞き入れると救命処置をやめ、少年は静かに息をひきとるのでした。

 それと重なるように少女にも命の危険が迫っていました。

 突然の発作で少女は意識を失います。動揺する母親を尻目に医師たちの懸命な救急処置がはじまりました。

 そのとき、一人の看護婦が病室に飛び込んできます。

 「臓器提供者が見つかりました!」

 「どこの病院だ!」

 「それが実はうちの病院の患者らしいのです」

 「なに?!詳しい話はあとから聞く、今すぐ緊急手術だ!患者を手術室へ!」

 「はい!!」

 それから手術がはじまりました。不安な母親は祈るような気持ちで手術が終わるのを待ちます。遅れて少女の父親も駆けつけました。

 数時間後、手術中のランプが消え、中から医師が出てきます。
 「手術は成功しました」
 その声を聞くと母親はすがるように泣き崩れながら「ありがとうございました…」と声を震わせながら感謝の言葉を告げるのでした。

 いっぽう男はそれを知ることなく、息子の亡骸と一緒に病院をあとにしていました。男は医師に息子の臓器を誰に提供したのか聞きましたが、なにも教えてもらえませんでした。

 それから時は流れて・・・ 

 男は毎日仏壇に手をあわせていました。仏壇に飾る息子の写真は元気だったころの写真を飾るのはどこか気が引けて仏壇には静かに眠っているときの写真を置いてありました。

 ある日、息子の命日に仏壇に手をあわせていると、男は病院で会ったときの少女のことを思い出しました。

 「あの少女は元気でいるんだろうか…」そのとき、外から吹いた一筋の風で風鈴がチリンとなりました。

 男は少し驚き、仏壇の写真をみると息子はなんだか笑っているように見えました。


 男は窓に近づくと遠い空を見上げながらこう言います。
 「そうか、元気でやっているんだな…」

 そう呟くと男は押入れの引き出しにしまってあったアルバムの中から息子が笑っていたときの写真を取り出すと、仏壇の写真と差しかえてもう一度手をあわせるのでした。

 時、同じくして…少女は素敵な女性になっていました。

 彼女は素敵な男性に巡りあうことができ、プロポーズされ涙を流します。そのあと、両親の挨拶にいった彼は父親から開口一番こう聞かれます。

 「あなたは娘を守るために何をつくるのか。こわすのかつくるのか、そして一体何をそうするのか。あなたのドグマを私に教えてほしい」

 しばらく沈黙が続くと、彼はゆっくりと口を開きました。
 父親はその答えを聞くとゆっくりと頭をさげ、こう言います。
 「娘をよろしく頼む」

 女性は二人の様子を見て涙を流すのでした。

 それからまた時は流れ、結婚式の前夜…

 女性は入院してたころ不思議な男性と手紙のやりとりをしていたことを突然思い出します。 女性は押し入れにしまってあった手紙を探し出しもう一度読んでみると、あることに気づきました。

 あの頃はこの手紙は子どもが書いたものだとてっきり思っていましたが、よく見ると、子供の字に似せた大人の字であることが分かったのです。
 『私のために書いてくれてたんだ・・・』
 少女はその手紙を胸に抱きしめると、涙を流すのでした。

#レイチェル #例えば夢と現を往返する白皙の幼子がいるとして


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