あの日食べた麻婆豆腐の幻影を追い続ける永き旅路の果て
いい温泉旅館を予約したはずなのに「廃屋なの?」ってくらいボロ旅館だったり
超気合いいれてプラン立てたデートが緊張のあまり大失敗の連続で枕を涙に染めてみたり
期待に胸を膨らませて行った映画が救い用のないクッソつまらない作品だったり
お小遣い貯めて一大決心で買ったゲームが計り知れないほどクソゲーだったり
そのときは「最悪!」と思っても、思い出話としてのちのち笑い話として語り継がれるのって「素敵な思い出」より、こっちの「素敵じゃない思い出」の方だったりします。
マイ伝説、すべらないエピソードトーク。
家族で旅行の話になると必ず
「あの湯河原温泉のボロ旅館、お化け屋敷かよwwwww」とか
「下田の伊勢海老の磯汁、限りなくサッポロ一番のみそ味だったよねww」
などが話題にあがります。
もはや鉄板の話。
「めっちゃ素敵だったよね」
より
「ひどかったよねw」
そういう話が歴史に刻まれます。
私にはかつてマイソウルフードがあった。
「耳をすませば」の聖地巡礼でお馴染みの多摩地区の駅。
そこの町中華の「天天館」というお店の麻婆豆腐。
もう大好きすぎて、下手したら週一で通ってたくらい。
店主とも顔馴染みになって、新メニューの試食だったり、裏メニュー、麻婆豆腐のわたし用にいろいろカスタムしてくれたり、めっちゃ仲良しだった。
正月に行ったときには「いつも来てくれてありがとう」と町中華には似つかわしくない「特大のフカヒレの姿煮」をサービスしてくれた。
その店主の作る麻婆豆腐、だけじゃなく担々麺、エビチリ、いわゆる四川料理は後にも先にもあれを超えるものには出会っていない。
店主は元帝国ホテルの料理人だったこともそうだが、そんなカタガキ以上に料理に「心」があった。
でもその店主とは突然の別れがやってくる。
中国の方で自国にいるご両親がご病気になり帰国しなければならないということだった。
閉店すると分かってからは別れを惜しむように通った。
「この味を一生忘れたくはない!」
と心に刻むように食べた。
閉店最後の日は泣きながら食べた。
「いままでずっと美味しい料理をありがとう。ずっと忘れないです。」
と、固く握手をした。
また日本でお店を始めることがあったら連絡くれるということでLINEも交換した。
しかし、あれから10年。店主からは連絡はなく、いつしかLINEも不通になっていた。
あの味が忘れられなくて、店主の麻婆豆腐の幻影を追い続け、外食で麻婆豆腐を見つけるたびに期待をして食べ続けた。
でもあの店主の麻婆豆腐を超えるものは出会うことはなかった。味を美化してるわけじゃない、今でもあの味はこの舌に心にしっかり刻んでるつもりだ。
今となってはもう諦めてしまって、幻影を追いかけることはやめてしまったが、それでもたまにあの味に会いたくて麻婆豆腐を注文しては心を打ち砕かれる。
私が有名人で番組の企画で「会いたい人と再会」みたいなオファーがあったら初恋の相手でも、別れたあの恋人でもなく迷わず「天天館の店主」と言うだろう。
ある日、友達と岩盤浴に行った帰り。
「すっかりランチ遅くなっちゃったね。」
と、お店探しながら車を走らせていた。
時間は午後15時。岩盤浴でのんびりし過ぎて、気づいたらお腹はペコペコ。
「こうなったら【コレっ!】っていう美味しいもの食べたいよね!」
そういうモードになっていて、普段入るお店は「今日はそーいうんじゃない」と全スルー。なのでなかなか【ここぞ】というお店は見つからない。
岩盤浴のあるスーパー銭湯から、4〜50分ほど走ったあたりで、とある交差点の角、見覚えのある看板を見つける。
「天天・・館だとぉ?、、、まさか、、」
一度通り過ぎるも、どうしても気になって友達に事情を説明して引き返す。友人は私がその幻影に蝕まれていること知っている数少ないひとり。
「まさかこんなとこにあるはずがない、、
いやでもこれが感動の再会だったらまさに奇跡だ・・。」
この店は知っている、いやこの場所に以前あった「豚丼屋」は知っている。とても美味しかったが例の感染症云々で閉店しまいとても残念だった。
店の内装を知っているだけに、ガラガラと店の扉を開けた瞬間にあの「天天館」の店主がいて「おっ!ひなたさん!」と嬉しそうに駆け寄ってくるそのイメージで頭がいっぱいになった。
それだけで、その妄想だけで涙が潤んでくる。
確実に、確実に、あの味に再会できたら号泣する自信がある。
斜めに駐車するややトリッキーな形状の駐車場に停めて、店の前に立つ。
「天天■館・・・だと?ひと文字多くない?」
でもロゴは似ている・・まぁ中華料理屋の看板なんてだいたい一緒なんけどさ。
やっぱりハズレか?と思う気持ちと奇跡の再会を信じる気持ちを胸に扉を開けた。
時刻は午後16時頃。店内は薄暗く人の気配がない。
そんな殺風景の店内のカウンターの隅で新聞を広げている人影を見つけた。
「アァ・・イラッシャイ・・」
寝起きのような気怠い声。のっそのっそと立ち上がり、雑に席に案内され、雑に水が出てきた。
「うん・・答えは出たね。奇跡はなかった。」
あの私の心の味、あの大好きな店主はそこにはいなかった。
そんな落胆をしていても、お腹は減る。なんとなくやばそうな雰囲気に店を変えようとも思ったが、ワンチャン美味しいかもしれない。と思いメニューを見る。
メニューはよくある中華の王道ばかりだったが肝心のあの料理・・
「麻婆豆腐」「四川麻婆豆腐」の2種類あった。なんだこだわりか?
ふん、、余程の自信があるらしい。受けて立とう。と、私は「四川麻婆豆腐」を注文した。
注文を終えると奥から、強めの中国語を話すオバチャンが登場して料理を始めた。
程なくして私の麻婆豆腐定食が来た。うん、見た目は普通。香りは四川風なだけあって山椒がかなり強めだった。
そして恐る恐るひと口・・・。
・・・うん、美味しくない!とっても!
私は料理人の端くれ、全ての料理人、料理・食材に敬意を払っているつもりでディスることは基本しないのだ。
幻影に蝕まれていても「天天館よりは遠く及ばないけど、これはこれで美味しい」と大切に頂く。
でもこれは美味しくない。。いやマズイのだ。
原因は明白。まずは唐辛子、下ごしらえをしていない挙句。雑に切り刻まれいて中の種も取ってないから種がそこかしこにジョリジョリする最悪の食感。
そして最大の戦犯は山椒。
山椒の実のまま、こちらも下ごしらえをしていない。
本来、実山椒は下処理はけっこう手間なのだ。水にさらし、丁寧のゴミを取って、灰汁を抜き、下茹でをしてさらに灰汁を抜く。
さらに丁寧にやるならば天日で干し、乾燥させる。
その工程を全て飛ばしているのは明白。最悪、油通しでもしればまだ救いようもあるかもしれないが、きっとそれもしていない。
とにかく山椒のアクがひどく、苦い。そして嫌な匂いがする。
唐辛子と唐辛子の種と、山椒を避けどうにか完食しようとしたが無理だった。
嫌いな食べ物が一つもなく、満腹以外では料理を残さない私がこの麻婆豆腐はさすがに半分残した。
ご飯、スープ、付け合わせのザーサイに至っても全てに「愛」のないものだった。
対面に座っていた友人は油淋鶏を食べていたが、これもまぁ微妙の極みだった。
会計を済ませ、最大限に引きつった笑顔で「ごちそうさまでした」と店を後にした。
わたしエライ!頑張って大人の対応をした。
本当は下処理のやり方を教えてあげたい気持ちだったけどね。
店の外の灰皿を見ると、吸い殻も灰もなく綺麗な状態だった。
ひょっとしたらランチ営業もガラガラだったのだろうか。
感動の再会の奇跡は起きなかったが、これはこれで
「圧倒的ワースト麻婆豆腐を食べた日」
という称号をゲット。
そして鉄板のエピソードトークとして、これからも事あるごとに語り継がれるだろう。
いつかホンモノの「天天館の麻婆豆腐」に出会えると信じて。
※「天天■館」、お店の名誉のためにその余計なひと文字は伏せてあります。
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