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新年をむかえて

気がついたら2020年。昨日は紅白歌合戦を見て推しの歌手や審査員が映る度にtwitterで大騒ぎした。冷静で通っている私でも興奮するものだなと思った。そんな大晦日を過ごしながらもあまり新年が来たという感じがしないけれど、朝起きて会社に行かなくていいんだという安堵はいつもと違う朝なんだということを実感した。そしていつもの朝の情報番組でなくお正月番組が放映されていたことはやはり新年なんだと改めて思う。

朝はというかブランチはいつもの小さな食パン、夕飯は外で食べた。おせち料理を食べていなかったから新年を迎えた感じがなかったのかもしれない。そして一緒に住んでいる家族とあまり話していなかったと思い、夜スパークリングワインをみんなで飲み新年をお祝いした。私はあまり飲めないので少なめの一杯だけのみ、あとは一口チョコレートを食べていた。当たり前のように一緒にいる家族だけれど、時々はこうやって一緒に過ごすことは気恥ずかしいところもあるけれど心地よい。

ここ数日で曜日感覚がなくなっているものの、少しずつまた出社する日が近づいていることを実感し心の中でカウントダウンしている。私にとって新年のカウントダウンよりも重要なことだったような気がする。仕事することが嫌なわけではないけれど、やっぱりこれだけ休んでいると出社するのが面倒だなと思ってしまう。贅沢な悩みなのかもしれない。

昨年から年賀状をやめた。やめたというよりは来たら出すということを実行している。こうやって私は友達を減らしているんだなと思いながらも一年に一度しか挨拶しないような友達はきっとそれほど重要ではないだろうと思っている。その割にはネットではおめでとうとつぶやいたりして矛盾しているが、多分私が求めている距離感がそうしているのかもしれない。とはいえ律儀だと思うが郵便受けに年賀状が来ていないか何度か確かめている。何人からかは来るだろうと思っている人がいる。最初からわかっているなら予め出せばいいのにと思いながらもよくわからない変な意地なんだろうと思う。何枚か年賀状はがきは用意しており速攻でお返事を書きポストに投函する。結局その友人たちを切ることはできないんだなと自分でも呆れる。きっと友達を選ぶことも受け身なんだろうと思う。

そんな一日を過ごした。

一年の抱負など過去に一度も考えたことがなかった。たぶん飽きっぽいから掲げたとしても達成できないと頭のどこかで思っているからだと思う。だから今年も一緒で何かやり遂げようとか思っていない。ただ向上心が足りないのかといえばそんなこともなく、目の前にあることは頑張ろうと思っている。ただ都度面白いことがあったら挑戦する。そのくらいの意気込みでいいかなとも思う。

ただ一つだけ思っていることがある。

少し自分の感情に素直になろうと思う。過去には素直になりすぎて壊れたこともあったけれどあの頃は生きているという実感があった。めっきり大人になりすぎたような気がしている。もう少しバカになってもいいかなと思う。泣きたいときには泣く。笑いたいときは笑う。支えてもらいたいときには助けを呼ぶ。そして、少しでも居心地のよいほうに進むこと。

今年はそんな感じにすごしたいと思う。

そんな私ですが、これからもよろしくおねがいします。