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#エモいってなんですか?〜心揺さぶられるnoteマガジン〜

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理屈ではなく何か感情がゆさぶられるそんなnoteたちを集めています。なんとなく涙を流したい夜、甘い時間を過ごしたい時そんなときに読んでいただきたいマガジンです。
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#日記

私流二日酔い回避術 #呑みながら書きました

街中華で吞みたかったんです ホントは、昨日の呑み書き本祭りに合わせてやりたかったんですけど、土曜は何かと家の用事が多いので、日曜に延期。 近所の中華料理屋さんのメニューをテイクアウトして、呑みました。昼から! うえーーーい。 キリン ぐりーんらbっる 1巻とはちみつレモンを半分。 まあ、寄っているともよっていないとも言えないていどでう。 たまに「お酒つよいですえね」といれまっすが、そうですかねえという感じです。夫は私の1、5ばいは飲むので(私調べ)そんあつよくないt感

『雨とビールと丸メガネ』 【ショートショート】

 雨音が動悸を加速させる。彼女に会うのは久しぶりで、少し早く着きすぎてしまった。傘を買うまでも無いか、と梅雨の雨脚を舐めすぎた。店に着くやいなや雨は激しさを増し、もうこの店を出させまいと、雨粒混じりの風が店の窓を勢いよく殴る。  「お一人様ですか?」  「いえ、後から一人くるのですが、大丈夫ですか?」  「はい、ご案内致します」  愛想のいい女性店員は若干濡れた私の髪や服を見て、  「ギリギリセーフでしたね」  と言ったが何のことかわからず、不思議そうな顔をしていると、  「

ラブホテルに愛なんてないよ

相方は眠ってしまった。コンビニで買った、小さな日本酒の瓶を抱えて。ここら辺の相場よりちょっと高いよ、と言っていたラブホテルの一室。換気扇の音がうるさくて、スイッチを探した。 ラブホテルは、とても素晴らしいと思う。ラブホテル、という響きに、人々はあまりいい顔をしないけれど、今まで彼氏との貧乏旅行で泊まってきたホテルを思い出すと、あれならラブホテルの方がよかったな、と思ってしまうことが多々。ちなみに、彼氏と泊まった部屋のことは全く覚えていないくせに、毎回違うラブホテルの場所も、

2011年3月24日に死んだ男の話

その人は 静かで穏やかな人だった その人は 黒縁の眼鏡をかけていた その人は まあそこそこ整った顔をしていた その人は 聡明で物知りだった その人は 日本や海外の文庫本を沢山持っていた その人は いろんなジャンルのレコードやCDも沢山持っていた その人は 一本のアコスティックギターを持っていた でも弾けなかったらしい その人は 自分の姉の娘を可愛がりいつも優しかった その人は 車を走らせ一度だけその娘を海まで連れて行ってくれた その人は 当時小学生だった娘のどうでもいい話をニ

東京の日の出 すごいキレイだなあ

私の言葉は不自由だった。 英語は苦手という意味での不自由、日本語は語彙力がないという意味での不自由、でもそれよりもっと不自由だったのは心だった。 飛行機の窓から見えたどこかの街の夜、光の集合体で街が出来ていた。あの光の中には人が生きていると考えると何故か少しだけ涙が出た。出会えない人の方が多いのだ。こんなに急いでも焦っても怒っても悩んでも、この世界の中で私は出会えない人の方が多いのだ。 今見ている景色、ちょーキレイだな、と思った。こんなに泣いてしまう程に美しいと感じても

キッチンの孤独と光

襖がぴしゃりと閉まる音は、すこし淋しく、物悲しい。向こうには人がいるというのに、地球の裏側くらいに遠く思える。でもどこか心地よく感じてしまう身勝手さを、真空パックのような静寂が後押ししていた。 昔、迫りくる朝から逃げるように夜更かしをした日もあった。でも今日はちがうんだ。 しんと静まり返ったリビングで、読みかけの文庫本を手にとった。 吉本ばななの『キッチン』。言わずと知れたベストセラーは、昨年末まで実家の本棚に眠っていた。15年前に一読してからずっと。 彼女の作品は、

雨、都心、自由

雨の渋谷を歩く。 空気は冬を纏い、風は頬を刺すように吹き抜けていく。 決して嫌いではなかった。 こういう日は夜空がひどく美しい。 見上げても重い濃灰色の雲が確かな質量を持って広がっている。 すれ違う人々も、同じ方向へ歩く人も 皆、空を見ずに俯いている。 自由に生きたいと願う。 歳を重ねる度に、それは「制約の中で」という前置きがつく。 どこに逃げ出したとしても自由なんてものはどこにもなくて どこに逃げ出したとしても何かしらの障害が立ち塞がる。 壊れてしまいそうな心は 結局壊れ

在上海活下记录 1

芥川龍之介 「上海遊記」に寄せて 私の支那国上海での初日は冷めざめと降り頻る雨であった。 飛行機を降りる前、父が初めて私に教えた支那語は【不要(ブゥヤオ)】であった。ニィハオでもシェシェでもない、ブゥヤオ。意味は見ての通り必要ないという意である。何故と訝しがる私に父は一言「降りたら分かるさ。追いかけてくる男たちに言うんだよ」 機場の外に出たか否か、何十人もの車屋が私たちを包囲した。何かわぁわぁと喚きたてているものの、それが乗っていかないのか?という誘いであることぐらいし

在上海活下记录 2

芥川龍之介 「上海遊記」に寄せて この記事は、前日の在上海活下记录1の続きになります。 悉くしつこい車屋の間を抜け切り、父の会社が用意した車までたどり着いた。そこの車はピカリと太阳を反射する白金色で塵ひとつついていない。ふっと後ろを振り返ると、数かずの車屋の其れは全て黒いがそこにはびっしりと黄砂が付いている..いま自分が立つ白金の車の近くは、突然にそことの空気が隔絶されたような気になった。不相変(あいかわらず)、人の往来に対して、車屋は何かを喚いていた。 ◇ 揺れに揺

クリスマスが近づくといつも

好きかどうかわからない時、たいていの場合好きじゃない。好きじゃないことを受け入れたくなくて、わからないとかいってるだけだ。 はじめて人を好きになったのは、中学3年生のころ。15歳だったけど、ちゃんとこれはほんものだってわかった。クリスマスが近づいて、毎年思い出す。 * * * 塾が終わって、駅からバスに乗った。一番後ろのはじっこの席に座って、大きな公園のそばの終点まで。イルミネーションなんてない街を眺める。ダッフルコートのトグルを上まで留めて、フードまでかぶって、バス停

それはもう、ただの好きな人だよ

そんなことない。そんなことないと何度も何度も自分の中で答えを探す。けれども、私が欲しい答えは見つからなくて、ただただどろっとした黒いかたまりが心から漏れ出ているだけだった。ぐるぐると回る回る回る… そうやって考えている時点で答えは出てるじゃんか、と友人は言う。まだ割り切れるもん、と壊れたおもちゃのように繰り返す私に、彼女は何度も食い下がる。 ずっと未読だったLINE。勇気を出して再送した私のメッセージには、仕事が忙しくて返信できないとの返事があった。そうしてそれから、返信

「写ルンです」とモロッコを旅する

平成最後の日である今日、わたしはなにをするでもなく家でごろごろしていたのだけど、途中で思い立って「でもまあ令和まで持ち越すのもやだな」という事項を片付けることにしました。 というわけでなんとなーくモロッコに持って行ってみたものの仕組みがよくわからず放置していた「写ルンです」を現像してみたのですよ。 そしたら、予想外によかったのでみなさんにもぜひ見てほしいのです......! * バスの窓から。 モロッコは観光地が点在しているのでバスで一日中移動していました。もはや

曇天

地元では大雨らしい。こちらは曇り空。敷き詰められた今日の雲は、週末までまだ1日残している人々の深いため息で作られている気がする。雨はまだ降らない。ため息のカタマリはただただ厚みを増していく。そこには、ため息に混じって吐き出したみんなの心の涙が溜まっている。そんなもの浴びたくないから、みんな色とりどりの傘を持つ。人がひしめくあの街は、何色の涙を流すのだろう。雨は神さまの涙なんかじゃない。れっきとした、僕らの涙だ。 曇り空の時ほど空を見上げたくなる。鉛色の切れ間から、白く淀んだ

【掌編小説】Fコード

僕はもう二十九歳で大人になってしまったけれど、いまでもときどき学生時代のことを思い出す。 十八歳。すべてのものごとが非生産的な方向に向かっていた時代。 僕は大学に通いながら週に二回、予備校でアルバイトをしていた。 そこでの仕事は、一言で言ってしまえば雑用のようなものだった。授業前の黒板の清掃、塾内便の記録用紙のファイリング、模試の申込受付、その他職員がやるに及ばない細かな仕事は何でもした。 慣れないスーツを着て、先輩から窓口業務の仕方や大教室でのチュートリアルの仕方を教わ