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信頼の根っこ

一生で、どれだけの人と直に知り合えるだろうと考えたとき、大勢のような気もするけれど、地球人口を考えたら、ほんのごく少数に過ぎなくて、だから、誰の・どんな期待に応えることができるかと考え、やっぱり、目の前の一つひとつを誠実にすることだと、足元を見つめています。

自分との約束、誰かとの約束。【出来ない約束はしない】マイルール。

子育てをしていると特に、子どもは小さな約束を仕掛けてきます。あれは親を試しているのかなと思うのですが、どうでしょう。「約束」と言っても「あ、今度ね」とか「分かったよ」とか「後でね」など、ちょっと誤魔化しても誰も傷つかないような、約束。でも、その小さな約束と行動こそが、親子の「信頼」を築くプロセスで、結構大事なことなのだ、と思っているのです。

子からの約束は、日々、繰り返されます。そして、試される私。誰にでも経験あるはず、、、相手が約束を守ってくれる(た)、受け入れてもらったという愛を。

44歳で3人目を出産して、しみじみ、その追体験をしている最近です。2歳4ヶ月になった三男坊。ただ泣くだけの赤ちゃんの時から、言語を獲得してきた今はいっそう、全身全霊で試してきます、泣いたら抱っこしてくれるよね?僕を見て笑いかけてくれるよね?転んだら「痛い痛いの飛んでいけ~!」って手当してくれるよね?「かっか、来てー!」と呼んだら「ハイハイ!」ってすぐ来てくれる、よね?、、、一つひとつの小さな積み重ねが【信頼】の深まりへと。

デンマークでは、小さい頃から、本人の意思(意見)を大事にします。森の幼稚園を視察した時は、3,4歳児に「飲み物はミルクにする?お水にする?」と聞き、屋外活動で、木登りや身体活動に楽しむ子がいる一方で、眠たいから寝る、とか、本を読みたいから本を読む等は、彼らの意思任せ。集団行動のルールは最小限に、皆がいっせいに同じことをしなくてもよくて、「○○ちゃんは何がしたい?」「私は○○がしたい」で成立。私という存在(主張)が認められた安心感、そして、信頼。

自分の意見や考えが通ること。自分はどうしたいかと主張すること。主張が通らないなりにも話を聞いてくれるか、通らない理由をしっかり説明してくれるか。同じ目線で、頭ごなしではなくて。大人の価値観を、絶対に上から押しつけてこないことー。「私はこう思うけど、あなたはどう思う?」を繰り返すことが本当に大事です。

ある日の我が家、

次男坊「僕が大好きなミートスパゲッティ、カレー、ハヤシライス、どうして最近作ってくれないの?明日は絶対カレーにして!」(語気荒め)

ーこの前、パスタしたじゃない? ーでもカレーが食べたい(強い主張)

この手の類いの小さな約束。単なる駄々だと「はいはい」と右から聞いてスルーもあり得る?些細な事。どんな気持ちで主張しているのか、十分にやり取りも深めて。

信頼の根っこを耕す、双方向のコミュニケーション。「日々の何てことない生活の中で、生きた会話をする」ことの意味は「信頼」に通じる。と、デンマークから学んだ、私の根っこ。

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