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変わる教育、変わらない教育、私たちの教育

私より25歳ほど違う、ん、つまり、我が子世代とも言える大学生S君(中央大学)の高校生活(東北地方出身)は、the昭和の、私の育ち環境と全くと言っていいほど変わらなくて。①受験は現役で"国公立"に、②県内のいくつかの進学校とその合格者数を競い、③部活では罵声に怒号にダメだしによる練習(褒めて伸ばす的なことはほぼ無し)。「変わらないね~」と二人して苦笑い。これがもし「地方ならでは」の教育観ならば、どうしたものか、と思ってしまいます。

個の力を信じる

でも、もちろん、S君なり、その人自身が、その中で何を感じ、何を学び、行動していくかが大事で、居住地や学校の校風、雰囲気に駄目だしをしても仕方なく。例えば、友人関係や家族関係も影響します。特に、家族関係は、コーチングクライアント大学生の皆に共通して見られ、彼らの現在の「個性」に見え隠れするのでとても興味深いです。親がどう接しているか、どんな声かけをしてきたか、親自身がどういう生き様を子に見せているか(子どもはちゃんと見ています!)他、、、

一番、いいのは、やっぱり「放置」(苦笑)。あれこれ言わない。アドバイスを求めた時に言う程度。失敗しても、責めず、残念がり過ぎず、共感はするも、俯瞰した態度。こういう態度であるために「育ちのプロセス」もまた大事なのだと、私自身も背筋が伸びます。お互いの「信頼関係」がベースにあります。あれこれ言わなくても大丈夫だ(言いたくなってもグッと我慢)、親として見守っているよ、本当に困ったら相談しなさい、という態度、信頼関係。愛そのもの。

ある女子学生は、当時、第一希望だったある組織の就職試験に失敗しました。彼女自身も冷静には受け止めつつ、やっぱりショックはあったと思うのですが、彼女が両親に「駄目だった・・・」と話すと、父親「その組織はAちゃんが働くには適していなかったということだね。Aちゃんの適職がちゃんと準備されているよ。」と。何とお父さん!

夫婦で話す。

先日、新聞広告に「中学受験」の記事があり、大手有名進学塾の講師の方が書かれていました。都心部の教育熱は高いです。月に10万円以上の塾代習い事代がかかる(かけている、かけることができる)家庭が、あります。要約すると、「東京都内ではコロナ禍でも私立中学受験の人気は変わらず高く、特に先々を見越して大学の付属校なり、有名大学への進学が強い中高を選ぶ保護者が増えている。受験を考えているならば、小学校低学年から塾に通うことをお薦めする。低学年から勉強の楽しさを学ぶことで、高学年になった時にスムーズに受験勉強に移行できるから。」

この記事をもとに、夫婦でお昼ご飯を食べながら話しました。子どもの教育、社会の動き、世間の動き、子どもらにどんな子に育って欲しいのか、何が大事かの優先順位は何だろう?考えを出し合います。

夫婦でしっかり話すことがとても大事だと思います。子どもの成長過程で考えも変わってくるので(子どもの個性がより見えてくることもあり)、その都度、ああかな、こうかな、と考えを出し合う必要があります。

一生、学び

勉強は大事です。はい。私たち夫婦もいっつも勉強しています(笑)。だって学ぶことは本当に心底楽しいことだから。学ぶことは楽しい、わくわくする、そう感じて欲しい。でも、こと、我が家でも身近な中学受験に関しては、暗記して点数を稼ぎ、スキルを磨いて偏差値をあげて、誰かと競争することに多大な時間を使うより、もっと、違うことに時間を使おうというのが夫婦の意見の一致。むむむ、長男(小5)は、何でもスマートにこなし、勉強もとてもよく出来ます。それこそ、受験勉強に入り込めば相当なスキルを磨きあげると想像するのですが、子ども時代を(進学)塾通い(高学年になると土日はほぼ無し)には使わないと、夫婦、親子で合意しています。その時間を、家族で旅行したり、映画を観たり、公園に行ったり、児童館で年齢性別を超えて遊び回ったり、ゲームをしたり、好きなスイミングやテニスに時間を割く。。。夜は20時過ぎたらお風呂に入り、本を読んだりして爆睡体制へ。笑。塾通いは小学生でも帰宅が21時、22時になりますからね。。。

賢く生きる

賢く生きる必要はあります。溢れんばかりの情報(ツール)があるなかで、流されない軸を持つ。多数がAと言っても自分がBと思うなら、自信をもってBと言う。Bと思ってもCかもしれないと思ったら調べて見聞きして吟味して修正していく。自分の頭で考え、選択し、失敗も試行錯誤も重ねながら、もがき歩いて欲しいのです。言うは易し?ですか?ですね。でも、だからこそ、親も子も迷いながら、夫婦で家族で試行錯誤を繰り返すのです。世間体ではなく、家族として。その話し合いを、大事にしています。

周囲には有名大学出身の人も、超難関中学高校の問題をもスラスラ解く人も、学歴経歴が華々しい人も、たくさんいます。が、そこを目指すのも良し、大事なことは、どんな道を歩んでも、その道程で「いろいろあるけど、幸せだなあ」と感じること。道はひとつじゃないし、受験に失敗しても、成績がふるわなくても、いいじゃない?好きなことを見つけて、楽しんで、ニコニコしている人生の方が断然いい。

もっと「いろいろ」が許容される社会がいいなあ。いろいろな人がいるから社会が成り立っているし、いろいろあるから、楽しい。道はひとつじゃない。道は数多ある。



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