ひまわりのたね

大きい犬が飼いたいです 家族の話をよく書きます (気が向いてる時しか公開していません)…

ひまわりのたね

大きい犬が飼いたいです 家族の話をよく書きます (気が向いてる時しか公開していません) 父、兄、私、弟で住んでます 家族の名称が不安定です 意識している時は父、兄って書くけど 普段はパパ、お兄ちゃん呼びなので結構間違えてます

最近の記事

頭ぽんのおはなし

母は亡くなる直前まで毎日子どもたちの頭を撫でることが日課だった 私はそれがとてもすきだった 兄も好きだったと思う 弟はきっと覚えてない 母が亡くなってからは兄が私と弟の頭をぽんぽんするようになった ほとんど毎日だ いいことがあった日も悪いことがあった日も いつも同じ頭ぽんがくる 頭ぽんのあの安心感ってなんだろうか ある日、ふと思った 私には兄が母の代わりに頭ぽんをしてくれるけど兄には誰がするんだろう 母が亡くなったときには中学生だったとはいえ、やっぱりいつもの習慣が無

    • 金曜日のはなし

      金曜日は弟のピアノと外国語の日 4時からピアノで6時から外国語 金曜日はお兄ちゃんのバイトの遅い日 夜中の12時まで帰ってこない 金曜日はパパが3時にはお家にいる日 金曜日はパパをひとりじめできる だけど、この前の金曜日はパパが会社の人たちを連れて帰ってきた。なんの予告もなしにだ。こまる 家族分しかご飯を作ってないしお酒もお兄ちゃんの分しかない。そして、 パパの部下は私のライバルだ。これがいちばん困る 私は考えた とりあえず、笑顔でお客さんを出迎え、スリッパを出し、パパ

      • 兄はきょうだい愛が異常です

        2年前に兄は言った。私と弟に 「お兄ちゃんは一生2人を守るよ お兄ちゃんにも2人にも家庭ができてもね」 重い、重すぎる。 最近は大人しくなってきました 彼女効果でしょうか しかし、兄の彼女も私たちを好きすぎる 私がまだ中3の頃、兄と兄の彼女は2人で父の代わりに授業参観に来た。 2人はその時まだ高校生。 2人とも私の中学卒なのでもちろん兄達の事を知っている先生方に怒られた しかし、私の高校の授業参観や弟の授業参観も欠かさず参加していた。(父と一緒の時もあり、父は先生に

        • 幼なじみの話

          私には近所に同い年の幼なじみがいる 生まれた時からの友達だ 誕生日も3日しか変わらない 彼女は小さい頃から体が少し弱い でも、そんなこと気にしていなかった 忘れもしない小学生6年の運動会のかけっこ 彼女とは同じ組だった 私は運動が得意な方なので先にゴールしようとしたが、「あぁ〜」という歓声と共にドサッと聞こえたような気がして、 立ち止まり振り返ると彼女が倒れていた コケただけかと思ったので、近づいて一緒に行こうと声をかけるが返事はない 先生たちが駆け寄ってくる様子が見え

        頭ぽんのおはなし

          怖いかもしれない話

          もう5年くらい前になる その日の夜は父は仕事が忙しくて家にかえっていなかった 夜中に弟が兄の部屋に嬉々としながら 「ママが帰ってきたよ」 と、入ってきた 母は病気で亡くなっていた 兄はそんなわけないと分かりながらも まだまだ小さい弟の否定はせずに 「ママどこにきたの?(弟)の部屋に来たの?」 と、返した しかし弟は 「違うよ!玄関から帰ってきたよ、お兄ちゃん玄関あけて」 と言った 兄は不審に思い階段をおり玄関に向かった 玄関にむかう途中にある外の監視カメラの映像を確認す

          怖いかもしれない話

          父の話

          父が21母が17のときに婚約したらしい 親同士の約束の結婚なんて古かったけど 2人は付き合い始めた 付き合って2年で結婚した。 兄が産まれたのはその1年半後だ 父は祖父の仕事を継ぎ、母は大学へ通った 母の大学在学中に私も産まれた 父は忙しい人だった 休日はよく遊んだが平日は朝しか父に会えなかった 兄はいつも寂しいね、と言っていた そんな忙しい父だけど運動会だけは必ず見に来てくれていた (運動会までの1週間は2日くらいしか会えなかったけど) 小さい頃は 父のこと好きか

          母の話

          私は母が大好きだ 母が死んでもうすぐ10年になろうとしているが今でも大好きだ マザコンといわれても良いくらいだ 母の作るご飯が美味しいと気づいたのは母が亡くなってから、、、 母の料理が当たり前だったから気づけなかった 母が亡くなってからのご飯を担当した どんなに頑張っても母の味にはならない 私の作るものはあまり美味しくなかった むしろ兄の作るご飯の方が美味しいのに頑なに私が作ると言っていた 父と兄は毎日褒めてくれた 優しさに甘えながらも今日まで 10年程毎日ご飯を作った

          おうちの話

          私は兄と弟がいる三人兄弟 両親の両祖父母とも健在で父もいる 母はいない。弟を産んで1年後に病気が見つかりそこからすぐだった。だから弟は母の記憶がほとんどない 母は本当に優しい人だった 笑ってる母の思い出しかない 母が亡くなった後父は私たちを母方の祖父母の家に預けようかと計画していた 父は忙しい人だから色々考えたんだろう 後に祖母が「パパね、本当はずっと一緒にいたいけど寂しい思いさせるからって泣いてたんだよ」と聞かされた。(不器用なおじさん‪) 結局、祖父母の家には行か

          弟の話

          私の弟は10歳 結構歳が離れてるから喧嘩なんかした事ない 史上最強にかわいい私の弟 弟の夢は「お兄ちゃんよりも大きくなることとお姉ちゃん(私)よりも可愛くなること」後者はは生まれた時から叶えてる我が弟。 一般的に見ても可愛い顔してると思う(姉バカ) そんな弟の話 弟が保育園生のとき先生のことを好きになった 日曜日まで先生に会いに行こうとしていた 毎日毎日、「先生は世界一素敵だね」とたどたどしい口調で愛を伝えていた。 素敵だねと言えるのは父が毎日、母の写真に向かって

          大好きな家族の話

          私は三人兄弟の真ん中でもうすぐ20歳 兄が21歳弟が10歳 すっごく仲がいい。弟なんて10も違うから喧嘩なんてしないし、兄は昔から優しいずっと優しい。怒られたことは夜遅く帰ったことくらい。 誰にでも優しい。身長も高いからかっこよくみえるからまあまあ人気がある兄。(身長高けりゃかっこよく見えるよね) そんな兄のお話 私が中1の4月兄の同級生の女の先輩に昼休みに呼び出された。 「(兄)くんの連絡先教えて」 兄は家族と友達数人以外には連絡先を教えていなかった 「兄に聞かないと、

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