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【ふるさとを語る】十勝が誇る製菓会社、六花亭のご紹介【その4】

こんにちは😊。暇人33号🐹です。

皆さんは、どんなお菓子を食べますか?世の中には、様々な種類のお菓子があります。

筆者が好きな(しょっぱい)お菓子は、主に大手メーカーのスナック菓子です。ポテチや暴君ハバネロ等が大好きで、よく酒のつまみにしています。

しかし、スイーツを食べたい!となった時は、必ずと言っていい程地元の製菓会社のものを食べています。

何故なら、単純に美味しいからであります。地元を贔屓しているわけでは無く、ただただ美味しい。

スイーツ一つ一つの値段も、手に取りやすいリーズナブルなものが多く、「ちょっとした贅沢なもの」と我慢する必要が無いのも魅力です。

例えば、北海道を代表するお菓子としては、札幌の石屋製菓が販売する「白い恋人」があります。

画像は白い恋人パークより引用。

北海道を代表するお菓子、白い恋人。ラングドシャでチョコレートを挟んだもので、サクサクとした食感と優しい甘さが魅力。空港や物産展で見かけた人も多いのでは。

それに匹敵するレベルで有名な「マルセイバターサンド」は、十勝のお菓子ですが、六花亭の店舗ではバラ売りがされているだけでなく、4個売りなどのパッケージ販売もされています。その4個入りが520円で手に入ります!中々リーズナブルと言えるのではないでしょうか?

画像は公式オンラインショップより引用。

白い恋人に勝るとも劣らない知名度を誇る「マルセイバターサンド」。バタークリームとレーズンを併せたものを、柔らかいビスケットで挟んだお菓子です。バターの濃厚な味わいに、レーズンが上手くアクセントとなり、舌を飽きさせないものとなっています。

1339%という極めて高い食料自給率で、食に恵まれているだけでなく、スイーツにも恵まれた、北の食料基地・十勝。

語弊のある言い方かもしれませんが、そんな十勝を代表するといっても過言ではない製菓会社が、六花亭でございます。(他にも美味しいお菓子を作るお店が、十勝にはいっぱいありますので、「語弊のある言い方」と前置きしました🙏)

今回は、ふるさとを語るシリーズ第四弾、六花亭のご紹介となります。

宜しければ、ご覧下さいませ。

六花亭とは?

本項では、Wikipediaやそこで記されたソース記事などを基に、六花亭とはどのような経緯で誕生したのか?や、どんなお菓子が生まれて行ったのかをお話していきます。

🌸 🌸 🌸 🌸 🌸 🌸

戦前~

…時は1933年(昭和8年)。札幌にあります札幌千秋庵から暖簾分けされる形で、帯広千秋庵が誕生しました。これが六花亭の始まりです。

その千秋庵から遡れば、1860年(万延元年)に佐々木吉兵衛が箱館(現在の函館)で創業した「千秋庵総本店」が発祥であり、かなり長い歴史を誇る会社である事がわかります。

しかし、帯広千秋庵が創業した頃には既に、伊豆屋高野三郎(現・イズヤパン)や露月などの同業他社が多く、経営は苦戦します。

十勝は豆やビートといった、お菓子をつくる上で欠かせない原料に恵まれているため、製菓会社も多かったのです。

しかし、転機が訪れます。1939年に砂糖を大量購入した後に、価格等統制令が発令されます。同令により他社が砂糖不足にあえぐ中、それを凌いで地域一番店に躍進します。

大東亜戦争(「太平洋戦争」はGHQによる呼称です)の影響により、休業を余儀なくされます。

戦後~

終戦後の1946年(昭和21年)に小田豊四郎氏が帰還すると、店の運営が再開され、「カボチャ饅頭」の製造を開始します。

また、1952年(昭和27年)には、帯広市からの依頼で『帯広開基70周年記念式典』用の最中(もなか)「ひとつ鍋」が開発されます。こちらの「ひとつ鍋」は、開発から70年経った現在も販売されている、ロングランヒット商品となっております。

画像は楽天市場より引用。

断面を見ていただくとお分かり頂けると思いますが、本当に鍋のような構造になっています。餡の優しい甘さと、お餅の組み合わせが絶妙な逸品です。

和菓子の製造を中心にしていた帯広千秋庵ですが、洋菓子の開発にも着手します。北海道は酪農が盛んだったので、それを活かすためです。

1963年(昭和38年)に、現在も販売中のマドレーヌ「大平原」が誕生します。

画像は楽天市場より引用。

素朴な甘さと柔らかな食感で、何故かホッとする味わいが魅力。一口サイズの「めんこい大平原」というモノもあります。

そして、1967年(昭和42年)に小田豊四郎氏がヨーロッパへ視察へ行った際、「日本でもチョコレートの時代が来る」と感じて、帰国後の翌年からチョコレートの製造を始めます。

また、白いチョコレートの製法を聞くと、「北海道のイメージにも合う」と言う事で試行錯誤が繰り返され、ホワイトチョコレートが誕生します。

実はホワイトチョコレートを日本で初めて作ったのが、帯広千秋庵(現・六花亭)なのです!コレは凄いですね!

乳感のある優しい甘さが特徴のホワイトチョコレートを日本で初めて製造したのが、帯広千秋庵(現・六花亭)なのです。

六花亭へ改称~現在

北海道内に商圏を拡大しようとしますが、既に千秋庵製菓(札幌千秋庵)が店を構えている事から、活動が狭められます。

そこで、1977年(昭和52年)に「千秋庵」の暖簾を返上して、「六花亭製菓」と改名します。

六花亭の名の由来とは…

この六花亭という名前の「六花(りっか)」とは、雪の結晶のことです。社名を変更するにあたり豊四郎は東大寺管長(当時)・清水公照に相談、「北海道を代表する菓子屋になるように」という願いを込めて、北海道の代名詞・雪にちなんだ社名にしました。
『「バターサンド」の戦後史 北海道と共に育った六花亭』70seeds.jpより引用

そして改名記念で誕生したのが、今や全国的に有名になった「マルセイバターサンド」で、大ヒット商品になります。

現在は、菓子製造やケーキ等の販売(実店舗のみ)、美術館やレストランが点在している「中札内美術村」の経営なども行っております。

2015年(平成27年)には、札幌市に「六花亭札幌本店ビル」が開業して、店舗やギャラリー「柏」、ホール「ふきのとう」があるほか、「ヤマハミュージック札幌店」などのテナントが入居しています。

感想

地域に根差していて、全国的に知名度の高いお菓子も作っている六花亭。改めて色々と調べていると、そこには様々なドラマがある事を知りました。

また一つ勉強になっただけでなく、より地元の事が好きになれたような気がします。

これからも六花亭には末永く存在し続けて欲しいものです。

最後に

如何でしたでしょうか?

六花亭には、今回ご紹介しきれませんでしたが、まだまだ美味しいお菓子が沢山あります。

また、先述の「中札内美術村」等にも雪⛄️が溶けたら行ってみたいと思ってます。

次回以降はその4.1と題しまして、お菓子のご紹介をしていきたいと考えておりますので、機会がありましたら暇人33号の雑記ブログを覗いてやって下さいませ🙇‍♂️。

また、暇人33号の雑記ブログでは、「ふるさとを語る」シリーズをマガジンにしてまとめております。全て無料ですので、お気軽に見てやって下さい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊。

宜しければ、スキ♥️やフォローもお願い致します🙏。皆様方のお陰で、日々モチベーションが低下する事無く投稿活動が出来ております☺️。

それでは、今日はこの辺で。

また会いましょう🤗。

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