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第五十九話 水商売デビュー

東京に出てきて1年半が過ぎた頃、働いていた会社も辞め、憧れていた水商売の道に進むことを決めた。どこまで出来るかは分からないが、どうしても一度やってみたかったのだ。求人誌を穴が開くほど見て候補を絞り面接用のスーツを買って準備は整った。後は面接に行き採用になれば働くだけだ。

面接当日、緊張していた。今日の会社は店舗ではなくオフィスの方で面接をすると言われていた。指定された住所に行き、オフィスがいくつも入ったビルの中に入っていった。エレベーターに乗り行先のボタンを押す。オフィスに到着した。入ってすぐの所に受付があり面接に来たことを伝えた。すぐに担当の方が来て私を部屋に案内してくれた。

面接官が入ってきて私の前に座った。私は「よろしくお願いします」と言って履歴書を渡した。最初に未経験だという事は伝えてあったが、説明を受ける中で専門的な用語が出てきて分からない所も多少あった。だが経験よりはやる気を重視するという事はよく分かった。細かい役職制になっていて年齢、経験関係なく実績で役職が上がっていくという事を聞いて、私はやる気が出てきた。やはり実力主義の方が働いていて楽しみがあるからだ。面接は30分程で終わり結果は後日連絡するとの事であった。

2社目の面接の日になった。2社目は店舗が私の住んでいる所の最寄り駅の前にあるので通勤に便利だという事も含めて選んだ会社である。運営している店舗も日本人の店から外国人の店まで幅広く手掛けている会社だった。今日はその中の一つの店舗での面接だった。指定された店舗に入っていくと従業員らしき人が数名いた。「こんにちは、面接に来ました」と声をかけると、「じゃあこっちへ来てくれる」と恰幅の良い中年男性が言った。「よろしくお願いします」と言ってから中年男性の前に座って履歴書を渡した。この会社では今募集しているのはフィリピンパブだという事、役職はあるが経験や年齢も査定の対象になる事などを説明された。正直少し物足りないなと感じた。こちらも結果は後日連絡との事だった。

3社目は私の住んでいる所から2駅ほど行ったところにある会社だった。東京の下町から千葉県内にキャバクラ十数店舗を運営する会社だった。この会社もオフィスでの面接だった。3社目なので大体の流れは把握していた。面接が始まり説明を受け、質問にも丁寧に答えてくれた。役職は実力主義、勤務時間は前の2社と比べると長かった。結果は採用の場合のみ後日連絡すると言われた。

結果は何日後くらいが普通なのだろうか等と考えていたら携帯電話が鳴った。「はい、もしもし」と出ると最初に行った会社からであった。「採用になりましたのでいつから来られますか」といきなり言われ「明日からでも大丈夫です」と答えた。「わかりました。○○店に来てください」と言われ住所も教えてもらった。一応他の2社には断りの電話を入れた。「いよいよ明日からか」私はワクワクしていた。これからは夜の仕事になるのでフィリピン人の彼女とも時間があって会いやすくなるかな、なんてことを考えたりもした。

翌日スーツを着て指定された時間に店舗に向かった。店舗に到着して中に入るとスーツを着た男性が入口の所に立っていた。「こんにちは今日から働かせてもらう者です」と言った。「君がそうか、今日は初日だから早めに来てもらったんだ、今から営業準備を教えるからね」と言った後「そうそう、水商売は時間関係なく挨拶はおはようございますだよ」と教えてくれた。

「まずはこれに着替えて」と言ってズボンとワイシャツ、ベストと蝶ネクタイを渡された。蝶ネクタイは初めてで、少し恥ずかしいなと思った。ロッカールームに行き空いているロッカーを使わせてもらって着替えを済ませた。

「まずは掃除からだね。床は掃除機をかけて鏡の壁はガラスクルーを使ってキレイに磨いて、ソファー、テーブルもおしぼり使っていいからキレイにして後はトイレとロッカールームとエントランスもね」「掃除が終わったら次の事教えるからね」と言われた。かなり広い店である。急いで掃除をしなければと思い、急ぎながらも丁寧に掃除をしていった。「おー丁寧でいいね」しっかりチェックはしているようである。

「掃除が終わったら次はおしぼり巻きね」業務用のリースのおしぼりを綺麗に巻き直すのである。慣れてしまうと結構楽しい作業だったりするのだが。

「次はテーブルのセットね、コースターとグラス、灰皿、ミネラル、ハウスボトルを各テーブルにセットしてね、まず見本みせるからそれを真似してやってみて」各テーブルに必要なものをセットしておく。

「次は買い出しね。この袋にお金と買ってくるものをメモした紙が入っているからデパ地下の食料品売り場で買ってきてね」オーダーのおつまみ等足りなくなったものを仕入れてくるのだ。

「とりあえずは開店前の準備はそんな所だから、後は営業中の流れと仕事内容説明するね」と言ってソファーに座った。私も目の前に座って話を聞く。「君の役職と仕事はウェイターになるから、営業中はひたすら灰皿交換、アイス交換、オーダー、コールがあがったらスグに行く、これを徹底してやってね」「灰皿やアイスはコールがあがる前に交換しちゃってね」細かい説明が続く。「お客様が来店したらいらっしゃいませ、店内ですれ違ったらごゆっくりどうぞ、お客様がお帰りになるときはありがとうございました、大きな声で言ってね」「言われたこと全部やるの結構大変だけど頑張ってね、頑張れば役職も上がっていくから」言っている内容は簡単で単純な事だが、いざやってみると難しい事はのちに分かるのである。だがウェイターの仕事を早く覚えないと次のステップに行けないので頑張らねばと気合を入れなおした。

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