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第四十三話 初めての子守

姉の家にいた男は、やはり子供の父親で43歳だという。私の母親よりも年上だった。いままで姉が付き合っていた相手は何人か知っているが、ここまで年の差があったことはなく、私は少し驚いていた。

男には別に家庭があった。私や姉と変わらない年の子供がいて、家族とは別居中とのことだった。姉の言っていた「籍は入れないと思う」という言葉の背景にはそれがあったのだろうと思った。好きになった相手にたまたま家庭があったのだから、まあそれはそれで仕方がない事なのだろう。この頃から自分の経験や、姉やその周りの人と交流をしているうちに不倫や、別居、離婚といったことが自分の中では普通の事のような感覚になっていった。

そんなことを考えていた私に、姉と男は、ミルクのあげ方や、おむつの替え方を教えだした。どちらも初めての経験なので戸惑いながらやっていたが、やはり小さい赤ちゃんは可愛いなと思った。初めの頃はミルクをあげた後にゲップさせるのが苦労したような記憶がある。

姉は近所のスナックで働いていて、男はその店の雇われ店長だという事を聞かされた。女の子が少ないため、姉が長期で休んでいるのは店にとっても困るし、姉も収入がないと生活できないので早く仕事に復帰したいのだという。事情は把握できたが突然の事で私にも不安はあったが、何とか大丈夫だろうという思いと、少し楽しく思うのもあり「夜は子守してるよ」と約束した。

夕方になると二人ともあわただしく準備を始め、私に夕食の用意だけはしてくれて、「何時頃帰ってくるの?」と聞くと「2時くらいには帰ってくるよ」と言って、さっさと仕事に行ってしまった。暇だったらやろうと思って、草とチャーリーは持ってきていたのだが、子守をしながらでは流石にまずいかと思いどうにか我慢した。

初めて一人で子守をするのはなかなか苦労した。どうして泣いているのかわからず、意味もなくおむつを替えてみたり、おしゃぶりを咥えさせてみたりミルクも分量をしっかり計って熱すぎないようにしっかり温度を確認して、子供を育てるっていうのは大変なのだなと、その時初めて実感した。

子守をしながら赤ちゃんの指をまた見る。片手に6本ある指はこの先どうなるのだろうか?姉もこれからずっとこの生活が続くとも思えない。いつか今の男と別れる日も来るだろう。そうなったらこの子には父親もいなくなってしまう。夜は託児所なりに預けられて親といる時間もほとんど持てないかもしれない。それでこの子は幸せなのだろうか?そんなことを考えていたが、当時の私はまだ若すぎたためかその答えは分からなかった。

私はどうだったのだろか?産まれたばかりの時誰か喜んでくれた人はいたのだろうか?母は私を産みたくなかったとはっきりと私に言っていた。育児も嫌々ながら仕方なくやっていたのだろうか?父や祖母は私が産まれたことを喜んだ時期もあったのかもしれないが、次第に邪魔になり私を遠ざけるようになったではないか。私は誰からも愛情を十分に受けていなかった。多くのことを我慢させられ、悪い事も悪いと教えてもらえず、その結果がこれではないか。自分も悪かったのだろうが、その頃に私ときちんと向き合ってくれる人は誰もいなかった。それだけが今になっても残念に思う。

今回は姉の家で初めて子守をするエピソードを書きました。この数年後には自分自身も子供を持つことになるのですが、私も勢いのような感じで子供を作り、子供の将来など何も考えないままに生活していたように思います。経済的に困窮している世帯、社会的にドロップアウトしてしまっている若者などは、そこまで考える余裕などないのです。どうしたら子供が幸せに育てられる環境が作れるのか?そんな事を最近よく考えています。次回は家に戻ってからの日常生活でのエピソードを書きたいと思います。

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次回に続く


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