深夜のラーメンは勝ち確?


深夜のラーメンは罪。大罪。
そんなことはわかっている。いうまでもない。

でも深夜のラーメンを食べたい自分ってなんかいいなと思う。ラーメンに関わらずだけど。

深夜のラーメンを食べたくなった時の分岐はいくつかあると思う

思いつくだけでも選択肢は

⚫︎ぐっと堪えて眠る
⚫︎グロいものを考えて食欲をなくす
⚫︎お湯を飲んで誤魔化す
⚫︎代替のものを食べる(豆腐、セロリetc...)
⚫︎禁断のラーメン😏

こんなものだろうか。

2個目は日中はいいけれど夜はおすすめしない。こわい夢を見るから。

でも、わたしはどの選択肢もいいものだと思う。
これは深夜のラーメンを食べたら太っちゃうとか、食べなかったらなかなか寝つけないとか、翌朝に響くとか、それよりももっと大きな視点で捉えたときの話だ。

わたしはどの選択肢を取ってる自分もいいなと思うのだ。

⚫︎おなかすいても太りたくないぞってぐっと堪えている自分

⚫︎変な時間のお腹の減りはお湯で誤魔化せるという説を信じてお湯を沸かしている自分

⚫︎ラーメン食べたいようと思いながらお豆腐を食べている自分

そして

⚫︎や、痩せたいけどでも食べたい!食べる!と欲望に忠実な自分…


これは、ダイエットにとても苦しめられていたり、病気を患っているとそんなふうに当てはめられないと思う。それはとてもつらいことだし。

でも幸い今のところはその辺は大丈夫なわたしにとってみたら、どの選択肢をとっている自分も、自分の人生を謳歌していていいなと思えてしまうのだ。


これは深夜のラーメンだけの話ではない。
究極の選択肢というのは大概、どれをとっても当人にとってベストである。これは否。でも捉え方で無理くりでもベターにできる。

こんな話をすると麻田さんは自己肯定感が高いのね、なんて感想を言われる。でも、とりあえずこの選択肢の肯定の話は、麻田自身の自己肯定感ではなく、ただの麻田の自己肯定なのだ。
この積み重ねが、自分を創り上げ、自己肯定感なんてものにも繋がるのではないかしら。わたしはそのへんのことはわかりませんが。

まあだから過去というものをざっくりと振り返った時、選んできた選択肢においてわたしは後悔していることが今のところひとつもないように思う。
もちろんマクロな視点で見たらたくさんある。なんなら気にしいの自分はめちゃくちゃある。

変なテンションでメッセージ送っちゃった、このLINE送らない方がよかったかな、とか、試験近いこの日にバイト入れない方がよかったかなとか。

まあでもそういうのではなく、もっと大きな視点で見た時の話だ。
結果論者といわれたらそうなのかもしれない。
でも、人生大小さまざまの分岐ルートで自分が切った舵が正解だったかどうか,クヨクヨするのも自信を持って突き進むのも自分次第だし、散々悩んできった舵ならきっといい方向に己を導いてくれるはずだ。もうそう信じるしかないしそう言い聞かせて頑張るしかない。たぶん。


というわけできった今宵の面舵。
深夜のラーメンを食べるという選択肢。
おいしかった!後悔なんかしないよ!起きたらきっと胃が気持ち悪くなっているけどね!がはは!

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