短編小説 | 銀河 #2
機械兵士は充電器から体を起こすと、すでに別の、もう一台の機械兵士が活動を始めていることを確認した。
「起きたよ、ツピピ」
「起きたね、ピピツピ」
ツピピと呼ばれた機体は腕の関節に油を差しているところであった。その横にピピツピと呼ばれた機体も腰かけ、同じように油のチューブを手元に引き寄せた。
「私は眠っていて、あなたは起きていたの」
「僕が起きると、君がまだ眠っていた」
「夢を見てたよ。」
「どんな夢?」
「自殺する夢」
「自殺? なぜ?」
二人の機械兵は自動通信で会話を続けながらも、それぞれのメンテナンスを粛々と続けていた。
「夢では、私は有限の存在だった。」
「有限。夢らしい。」
「そう。特別な感じ」
「それは心も?」
「うん。心も、体も、代替がないんだ」
「体も。それなのにどうして自殺したの」
ツピピの問いかけとともに、部屋が揺れた。通信にノイズが入る。しかし二人は構うことなく、膝や腰のボルトを強く締めた。
「……からない。眠りから覚めたかったのかも」
「でも眠りの間は眠っているなんて知らないだろう」
「解を求める計算の途中だった。夢の中で、私はずっと遠くの銀河にいたの。そしてひどく複雑な計算の途中らしくて、苦しいの」
「苦しい? 苦しいってなんだ」
「さあ。苦しいってなあに?」
「君が言ったんだ」
「そうね。私が苦しいって言ったんだ。でも、私は苦しさを知らない」
「目覚めたからだろう。ここにはその、苦しいがない」
「きっと滞留熱のようなものだね。ジェネレーターの不具合かな。与えられたラジエーターでは間に合わなかったんだ。きっとエラーが起きる前に自動停止したんだ」
「だとすると賢明だね。綺麗な部品を他に回せる」
「ううん、代替不可だよ。使い捨て」
「そうだった。じゃあ尚更自殺なんてするべきじゃないよ」
「うん、でも憧れがあったの」
「憧れ? 憧れってなんだ」
「憧れってなあに」
「君が言ったんだ。」
「そう。憧れ。憧れってなんだっけ。」
「さあ。君は計算の途中と言ったけど……?」
「そう。そうなの。まだ途中なの。憧れって、とても複雑で、膨大で、無数で、熱量に溢れてて。」
「そりゃ、銀河のことだね。つまり僕らのことだよ」
「ううん、少なくとも私たちは計算の上にいるよ。憧れとは、もっと遠いもの。銀河を見渡せるぐらい。眩しくて、大きくて、心が小さくなるような」
二人の頭上で赤いランプが点灯した。室内の揺れが激しくなった。
「夢の話はそれで終わり? そろそろ行かないと」
「うん、行こう。準備は出来てる?」
「満タン。君は」
「大丈夫」
二人の機械兵士は立ち上がり工場の扉を開けると、迷わず地上へと飛び降りていった。
そこは光線が飛び交い、爆発の絶えない戦争の地であった。
数千数万の機械兵士は荒野に入り乱れ、銃を向け合い、時に組合い、互いを壊し合っていた。地上に積みかさなる鉄くずは、迅速に回収され、地に積もることはなかった。そして回収されたものから再利用を行い、機械兵士は再び生産され、戦地へと投入され続けた。
今しがた地上に降りた二体の機械兵士、ツピピとピピツピも、すぐ銃を向け合い、今では他と同様鉄くずとなり果て、踏み砕かれている。
しかし二人は死んだわけではなかった。二人の心はその無数の機体に共有されていた。そのため、いくら機体が破壊されても、ツピピとピピツピが死ぬことはない。爪を切るほどに痛くも痒くもない。
その銀河ではツピピとピピツピだけが意思を持っていた。二人は心を無限に複製し、互いを破壊し続けている。破壊された機材を集め、弾薬を作り、発せられた熱量を再度利用し、また破壊した。破壊し生産を繰り返すその銀河には終わりがなかった。破壊生産を持続するのに十分な効率的回転と計算式が既に完成していた。ゆえにこの銀河には時間というものがなかった。破壊生産の効率的な周期は存在したが、それを時間とする必要は二人になかったのだ。天にはうっすらと恒星らしき天体が複数見えるものの、それが地平線に沈むことはなく、ただぐるぐると等間隔をもって空を回るのみである。方角は存在せず、また必要もない。惑星中が戦地であった。ただ無尽蔵に生産され、投下され、互いが互いのために破壊を続けていた。
機械兵士に痛みなどは当然ない。破壊の悲しみもない。死もなく破壊だけがある。
破壊が優位になると、二人はしばらく生産の眠りにつく。眠りだけは、二人の機械的な生活から離脱できる、貴重な道楽であった。
眠りの際には夢を見た。その時稀に、アンテナが予想しない電波を傍受するように、不意に不思議なひらめきを得ることがあった。このときまるで電子回路の火花のように、ピピツピにも自殺という着想が起こったのだった。
ピピツピの機体が一斉に、射撃を止めた。
「どうしたの。ピピツピ。効率が落ちている」
「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」
「さっきの? 夢の」(続)
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