短編小説 | 銀河 #3
「私たち、有限にはなれないかな」
「有限に? なぜ。」
ツピピが相手の腕を撃ち払った。ピピツピは崩れながら、ツピピの頭を的確に撃ち落とした。
「わからない。でも、私たち、生産を止めて壊すだけにしてみない?」
「不可解だね。そんなことしたって有限になるわけではない。」
「可能だよ。工場も破壊すれば」
「ただ生産が滞るだけで有限ではないよ。心は残る。君の機体が一つ残らず破壊されても、フィードバックが保存されてる」
ピピツピの小隊が輸送車によって戦地になだれ込んだ。しかしツピピの固定砲台がそれを一息に爆破した。
「ねえ、でも、機体だけでもなくしてみようよ。そしたら有限になれるかもしれないよ」
「繰り返すけど、ただ体がなくなるという状態が生まれるだけだよ。有限にはなれない」
ツピピの騎兵隊が戦地を駆け抜けた。ピピツピの補給拠点を奪還し、機械兵たちは歓声を上げる。しかし瞬時に、拠点に仕掛けられた爆弾が作動すると、騎兵隊は鉄くずへと還った。
「計算上は、だよね。その計算もどうかな。私たちの繰り返される解に、ごく機微な乖離が出ていること、ツピピは気が付いてる?」
「君は夢に惑わされている。乖離があれば調整すればいい。どうしたって僕らは無限だよ」
「いいえ。私の計算では、ほんの、ごくわずかに生産が落ちているよ。これって、私たちが実は有限な存在ってことにならないかな。それを証明するには、新しい環境モデルの数値が必要だと思うの。そのデータ、あなたにある?」
「ないし、試す必要もない。どうしたって僕らは消滅しない。ならば君には生産を止めるための計算式があるの? 生産は意思に関係なく自動で行われるよ。それとも君はまだ『憧れ』を?」
ピピツピの狙撃兵が相手の将校を撃ち抜いた。狙撃台にツピピの爆撃機が群がる。激しい爆発とともに瓦礫が降った。
「だって、私たちってどうして、こんなこといつまで続けているの。」
「解なき計算を求めてはエラーになる。いや、君はすでにもう、」
「そう。このエラーに身を任せるの。私の生産はもう、落ち始めているもの」
爆撃機は隊列を組みながら、ピピツピの工場へと進路を変えた。
「じゃあ僕はどうしたらいい。僕は正常だ。君が壊してくれないと作れないよ」
「あなたは壊されずに、勝手に壊れるのをゆっくり待ちなよ。」
爆撃機の隊列は工場の上でゆっくりと旋回を始めた。下の戦地では所々で未だに煙が上がっている。
「エントロピー増大に身をまかせるってこと?」
「その通り。機微な乖離を増幅させるの」
「……計算では、壊し合う方が幸福だよ」
爆弾が投下されたが、それらは工場をかすめて地に落ち、周囲の機械兵を燃やした。
「幸福だなんて。本当はどこにもないよ。作られた最初から……。いい、私だけ生産停止を続けるから」
「待てよ。じゃあ僕は君を壊さないよ」
「じゃあ自分で自分を壊す」
「……そう。」
ピピツピは自らの機械兵を撃ち始めた。ツピピの機械兵は目の前で同士討ちを始める相手に、ただ警戒しながらも静観した。ピピツピの機械兵はみるみるうちに減り、やがて最後の一機となると、それも自らの動力部を打ち抜き地に崩れ落ちた。
「……どうだ、ピピツピ。気分は済んだ?」
「……」
「ピピツピ。そうだろ。自分を壊したって心は消えないだろ? さあ、分かったのなら、生産を再開してくれ」
「……」
「ピピツピ? どうした。返事をしろよ」
「……」
「ピピツピ。応答せよ。応答求む。ピピツピ。応答せよ」
「……」
「応答しないなら、僕が代わりに作る。機嫌が直ったらいつでも戻ってきて」
「……」
「さあ、入れ物はすべて元通りだ。いつでも準備はできてる。待ってるよ」
「……」
「いつまででも待ってやる。計算は済んでいる。今まで通りに再生する準備もできた。さあ、君の望む通りだ。ピピツピ、根競べといこう」
「……」
「ピピツピ……」
「ツギィ」
「ギィ……」
静寂の戦地に宇宙嵐が吹き荒れた。
無数の機械兵たちは、静止したまま脆く崩れ始め、かくも朽ちて塵となった。
銀河は前後運動をしていた。
同時に、振り子運動を続け、また同時に回転を続けていた。
そして、銀河は静止していた。さらに全く同じ銀河が複数、切り分けた食パンのようにその後ろに連なっていた。
それは筒を上から見れば円形に見えるように、横から見れば長方形に見えるように、また同時に、円を見ながら、奥行きは筒の形であるかのように、銀河は動きながらも静止し、かつ同じ銀河が、無限にどこまでも連なっていた。(続)
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