短編小説 | 銀河 #4
銀河の連なりの、その遠い彼方では、ただ荒涼たる冷たい春の海岸があった。
堆積した砂浜には、砂の粒の数だけ心が眠っていた。その一粒一粒の心たちは、どれもがひとつひとつの銀河であることに安堵していた。そして同時に失望していた。かつて共に過ごした者たちも、その中にいた。二人はただ静かに、白立つ波を眺めていた。
小さな砂山を、黒のブーツが押し固めた。
天也は一体の機械人形を携え、その砂浜を訪れていた。
彼女の体だけが残されたあの日から、その欠けた部分がどこにいったのか、そればかりを考えてきた。繰り返される疑問は、どれほど時間が経ったのか天也本人にも分からなくさせていた。
ただ不思議なことに、よく耳にする、まだあの人はどこかにいる気がする、という感覚が、天也にも確かにあった。それは彼女の骸を見た時から未だに残り続けている。彼女を彼女たらしめていたものがそこにはなかったのだ。ならば彼女の本質は体にはあらず、残った物にではなく、無くなったものにこそある。その感覚は天也を超然的な空想へと手引いていた。
彼女の心はどこかに存在する。彼女が突然単なる入れ物に置き換わったように、どこか遠いところで入れ違いに、彼女の心は過ごしているのではないだろうか。
その彼女の行く先というものが、美しい銀河であるような気がしてならなかった。
それほど心を引き寄せる力があるものは、この宇宙に、銀河の他にあるはずはない。銀河の中心には強い引力があるという。彼女はその力に囚われ、母性や幸福をも呑み込まれ、美しい星の粒となって漂っているのだ。
そして強い引力は時間をも呑み込む。しかし時間という感覚が消えても事実は残る。時間が消え、銀河の強い引力が事実を同列に粒に変えてしまうなら、いままでの過去の天也も、これからの老いた彼女の子も、すべてが同時に含まれる小さな粒、そんな球を眺めるような場所に、いま彼女はいるのではないだろうか。生まれも、死も、生産も、破壊も、すべて同じ球の中にあり、どれも同じで変わりなく見えるだろう。ならば今の自分の姿も彼女からは見えているのではないだろうか。
天也はその場に座り込むと、一握の砂を手の平に掬い上げた。そしてそれらを指の隙間から落とすと、指先に残った星屑のようないくつかの粒を、自分の舌先に乗せ、口に含んだ。
そばに置いた、機械人形の電源を入れた。機械人形は片足を軸に、ゆっくりと回転を始める。両腕は頭の上に円を描き、片足は水平に近く伸ばされた。
天はどこまでも曇り空のようだった。 (了)
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