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琥珀の紙面に想いを綴り閉じ込めて#秋ピリカ応募

近く遠く教会の鐘の音を聞きながら、ふわりと私は意識を取り戻す。
目の前には、淡い光を灯す『琥珀堂』の看板がある。
裏路地にひっそりと佇むこの店を、そういえばあの人は古書店や私設図書館のようだと言っていた。

「あの」

重い扉を開いて足を踏み入れると、月光硝子のカンテラの中で星のカケラがシェリートパーズの色を帯びて燃えている。
それは壁という壁を埋め尽くす本たちに優しい影をゆらめかせ、ひどく幻想的だった。

「ようこそ。お待ちしておりましたよ、さあ、どうぞこちらへ」

店主はゆるりと微笑みながら私を招く。

案内された店の奥ーー書棚と本箱と書架に囲まれた空間にテーブルが置かれていた。
その上には、透き通った琥珀色の紙が一面に広げられている。

「キレイ」
「お気に召していただけてよかった。ではここへ、あなたの想いを綴っていきましょうか」

店主に勧められるまま、私は席につく。

「コレが、あなたの心を写しとってくれますよ」

向かいに座る店主がどこからともなく取り出したのは美しい装飾のガラスペンだった。

「コレも、とても綺麗……」

その内側には古代文字が螺旋を描く。

「こんな紙にこんなペンを走らせるなんて知ったら、あの人ならきっと子供みたいに喜ぶわ」
「おや、嬉しいお言葉ですね」
「あの人、本が好きで……物書きになるのが夢だって」

こぼれたあの人との想い出を受けて、ガラスペンはひとりでに琥珀の紙面へ文字を綴り始める。

「私、あの人の書く文章が好きだったわ。あの人の文字も、えらぶ言葉も、ぜんぶぜんぶ優しくて大好きで、いつだって私はあの人の一番の読者だったのよ」

想いを口にするたびに心が軋む。

「愛してるって言ったのに……あなたのことも、紙に綴られたあなたの物語も、……なのに」

あふれだしたのは、後悔、懺悔、それから深い哀しみ。

「どうして、あんなひどいことを言ってしまったのかしら……あれが最後に交わした言葉になるだなんて」

紙の上に滴り落ちる私の言葉も涙も想い出もすべてが閉じ込められていく。
そうして私の中から全ての言葉があふれ終えた刹那。
紙面が大きく波打ち、するりと無数の琥珀の糸に解け、一冊の本へと姿を変えたのだ。

「ああ、なんて素敵」

叶わぬ願いも、なくした愛も、取りこぼした幸せも、優しく紙の中に閉じ込めて綺麗に綺麗に装丁してくれるのね。

「こちらの本はあの方へお届けいたしますか?」
「いいえ、いつかあの人がここを訪れたその時で」

それまではここに。

「ではそのように」
「ありがとうございます」

あとはもう、私は店主へと対価を支払うだけだ。

「私が視た夢のすべてをあなたへ」
「では確かに」

近く遠く、教会の鐘の音が聴こえる。
私のために鳴らされた弔いの鐘の音を最期に聴きながら私は深い眠りに落ちていく。

「どうかあの人が幸せでありますように」

私をわすれて、うそ、忘れないで、しあわせになって、でも、かなしんで……あなたの物語に私をそっと置いておいて……

(文字数1199)


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