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エクレール

今日、「ハケンアニメ!」という映画を観に行った。


今日5月20日公開の、
アニメ界の覇権(ハケン)を制すため
奮闘するお仕事映画である。


でも、僕はアニメが詳しいわけでも
映画通なわけでもない。


では、なぜハケンアニメ!を観に行ったのか。


今朝、僕の大好きなジェニーハイというバンドの
新曲「エクレール」がサブスクで解禁された。


これこそが、ハケンアニメ!の主題歌である。


今日は金曜というのに
一限から五限まで授業があるので、
朝5時半に起きた。


というか毎週、金曜はこの時間に起きる。


まだほとんど起動していない体内に
朝食を押し込み、家を出る。


大学までの2時間、ずっと音楽を聴く。


そうしながら、体と頭を起こすのだ。


憂鬱な朝。


今日は何日だ。
というか何月だ。


そんな意識もない。


ふと、
電車の振動に足を取られないよう踏ん張りながら、
ジェニーハイの新曲「エクレール」が解禁されたことを思い出し、
さっそくAppleMusicでダウンロードし再生する。


聴いた瞬間、とてもうれしかった。


とってもポップで疾走感があって
どこか強いエネルギーと美しい疲労感を感じる。


でも、うれしかった理由はそんな理論的なことではない。


とにかく、好きだと思えたのだ。


退屈な金曜日。
しかも一限から五限までみっちりある。


そんな朝、好きという感情に出会えた。


それが何よりうれしかった。


新曲エクレールを何度も聴きながら、
大学に着いた。


今日の一限は中国語だ。


授業が始まる20分も前。


必要以上に早く着いた。


真面目過ぎる性格にうんざりする。


途中でトイレに行きたくなったら、
電車が遅れたら、
そんなことを考えるせいで、
いつも馬鹿みたいに早くついてしまう。


そんな僕は、たぶん馬鹿だ。


そう思って誰もいない教室で
より一人になってしまう。


二限の授業は僕の好きな授業。


前のほうに座る。


でも、後ろの方で元気な学生が
わいわいと賑わいを見せている。


だるそうにしている。


なんだか、だるそうにするのが正義に見えてくる。


僕はだるいと思わない。むしろ面白いと感じる。


でも、この場にいると
だるそうにすることが正しいように思える。


僕はこの授業を楽しいと思っているのか、
もうなんだかわからなくなてきた。


昼食。
朝買ったコンビニ飯をもって空き教室を探す。


1人で食べる昼食の悲しさなんて
既に忘れて、ものの5分で食べ終わる。


三限の授業。
周りは皆寝ている。


僕は眠気を必死に耐える。


僕は寝たらだれにも助けてもらえない。


レジュメももらう人がいないし、
先生に怒られるのも怖い。


僕は弱い。


四限。


僕の目指す進路に関する授業だった。


すごく刺激になった。


知れば知るほど大変な職業だけど、
(というかそんなのどの職業も一緒か)
今日の授業を受けて、純粋に現場の楽しさを想像できた。


今までなんかかっこ悪いと思ってたけど、
ちゃんとなりたい自分を肯定してくれた気がした。



最後の五限。


毎週ものすごくおもしろい授業なんだけど、
今日はなんだか集中できなかった。


正直、ここ何週間か
ものすごく課題やら授業に追われて、
精神状態が不安定だ。


疲れたというか、
将来への不安とか、
なにがしたいかわからなくなったりとか、
なりたい自分に自信が持てなかったりとか、
とにかく疲れていた。


ようやく五限が終わった。


同じ授業を受けた友達と
一緒に駅まで歩いた。


その友達は、
昨日バイトで大失敗をしてしまったらしい。


僕も、先日あったバイトの失敗を話した。
少し気持ちが楽になったけど、生きることが嫌にもなった。


その後将来のことを話した。


彼は、出版業界に入りたいらしい。


僕は、教師になりたい。


お互い、不安だということを確かめて
安心した、
そんな自分たちに不安になった。



友人と別れ、
家に向かう。


はずだった。


僕は気づいたら、
新宿のバルト9という映画館にいた。


彼と別れた後、
なんとなく「ハケンアニメ!」観たいなと思った。


もうこれは、なんとなくとしかいいようがない。


もし本当に見たくなった経緯を正確に記述するなら、
僕の生きてきた19年という歳月がかかるだろう。


これまでの人生のすべてが
この決断に集約した、という感覚があった。


もう、今日はハケンアニメ!を観に行くべきだ
という感覚的な論理が僕を新宿の映画館に運んだのだ。


母にその旨をLINEすると、
栄養のある夕食食べなさいと、返信が来た。


とはいえ僕は時間がなかったので
コンビニのおにぎり一つだけを口にした。


でも僕は、なんだか自信があった。


この選択は絶対に正しいのだと。


この映画は食事以上に僕の栄養となるのだと。


上映後、満足感で満ちるのだと。


はじめて来た新宿バルト9。


おしゃれで落ち着いている。


人がごった返した映画館。


そうか、今日は金曜日。
新しい映画はおおむね金曜日に公開される。


ポップコーンの列に並ぶと、
五等分の花嫁というアニメ映画を見に来た方たちの入場が始まっていた。


もう上映開始時刻だ。


急いでスクリーンに向かう。


はじめてくる映画館だから
勝手がわからない。


それも楽しい。


席に座る。

もう映画はすぐに始まりそうだ。


左隣には
人が座っている。


久しぶりの、
パンパンの映画館。


1人だけど、
人と、映画を観る。


始まる前からそわそわした。


そしてそれがワクワクに変わったのは、
お客さんの雰囲気だ。


皆、言葉には出さないものの、
服装や表情、空気感が、
「一週間仕事を頑張って、
 楽しみにしていた映画を観に来た」
ということを物語っていた。


この時点で、僕たちはもう
同じ物語を共有して映画を観た。


結果は言うまでもない。


感動した。


映画からは、
監督、プロデューサー、脚本、声優、
もう様々というかすべてのアニメ制作に関わる
人間の葛藤や情熱、


そしてなにより、彼らはみんな
「アニメが大好き」という熱を
見事に浴びることができた。


とにかく圧倒された。


もちろん、それはこの作品の
完成度の高さにもあると思う。


でも、それだけでもないとも思う。


一つの音楽が、
僕をこんな素敵な場所に連れてきてくれた必然的な奇跡。


真面目過ぎることが嫌いな自分。


好きなものを隠そうとしていた自分。


1人でいることをみじめに思ってしまった自分。


だれにも頼ろうとしない自分。


好きなものに触れ心が動いた自分。


精神的にも肉体的にも疲れえている自分。


他人と話し、
自分の将来の期待と不安に揺れる自分。


そういったものをすべて肯定し、
頑張れ、かっこいいぞ、
と背中を押してくれる映画だった。


そしてさらに、
金曜日まで一生懸命働いて、
その終わりに大好きなものに触れようと
している映画館に来たお客さんたち。


アニメ映画を見るために
グッズをたくさん買って幸せそうにしていた人たち。


アニメが、出ている俳優が、
映画館が、映画が、新宿が、
何が好きかなんて関係なく、
スキというエネルギーで共通した
強固な集団。


全てが一点に集まった。


それは自然と液体となって、
僕の目からこぼれ落ちそうになった。


映画が終わり、11階から見る新宿の街並み。


そこから見える無数の光のすべてに
人生があって、
仕事をしていて
家があって、
好きなことに向かっていて。


外に出ると
東京の夜特有の生暖かい空気だった。


でも今日だけは、不快には思わなかった。


なんだか人肌と体温のように感じたからだ。


ゆっくりと家に向かう。


今は何時だろう。


どうでもいい。


家の最寄り駅に着く。


自転車にまたがる。


すると、本来右に曲がるべき道路で
道路工事をしていた。


右に曲がれないので、
前に進むしかないらしい。


いつもなら迷惑がる。


でも今日は、
工事用のライトが
照明に見えた。


そこで働く工事現場の方たちを照らす
スポットライトに見えた。


そんな彼らを背に、
僕はハンドルを切ることなく、
まっすぐと道を進んだ。









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