小説 第二章◇宇宙時代への扉・9
《鍵》
アレン大佐は静かにうつむいている。
「何があったのですか?そのバイト先の施設と何か関係があるのですか?」
「なんでそう思う?」
「そんな気がしただけです」
俺の水ももう少しで飲み干してしまいそうだった。
「そうだよ。そこは宇宙船の解体施設だったんだ。民間の企業が部品や素材などを調べて数値化してね、政府にその資料を送っていた。この星にはない素材とかもあるから、何から出来ているのかわからないんだ。だからそれらを数値化して僕にはわからない方程式に当てはめて、この星でも同じものが作れるかを研究していたらしい。
長く勤めていた人が辞める時に聞いたんだけどね。はじめはなんの話か全く理解出来なくて。
でも、ある時。
いつものシフトとは違う日にバイトを頼まれて。深夜帯は初めてだったからいつも一緒に入っている警備員も違ってね。
その日は、集合が夜中の二時。だから、二十三時くらいに来てロッカールームの椅子で仮眠してたんだ。
その時に、ものすごい光を感じた。
周りはコンクリートの壁なんどけど、そんなの通過してくるんだよ。目が開けられないくらい。
僕は吹き飛ばされた。
意識が戻ったのは一週間後だった。施設の中の医務室でずっと眠っていたらしい。
家族には急に出張になって、一週間ほど連絡が取れない場所に行きますがご安心くださいって伝えてたらしい。起きなかったらどうするつもりだったんだろうね。
僕はすぐにこの施設は辞めようと思って、いつも一緒に働いていた人に話たんだ。
そしたら「辞めるのは難しいよ」って。
でも、僕は辞めるつもりで制服もロッカーに置いて家に戻ったんだ。
それから三ヶ月して、家に施設から連絡があった。
一緒に働いていた人が連絡が取れない、彼の所在を知っているか?って事だった。
知ってる訳ないからすぐに電話を切ったんだけど、やっぱり気になって、施設に行ったんだ」
目の前の壁が点滅し始めた。
「あいつら、回線回復させたな!」
胸ポケットから先ほどの小さなリモコンを取り出し、またしまった。
「また、これで時間が稼げる……」
「それはなんですか?」
「空港内の回線をすべて遮断する機械だよ。続きを話すね」
「はい……」
「君にはちゃんとお礼をするつもりだよ。家にも帰らせてあげるし、お土産も買えるように手配する。だから、もう少し僕の話を聞いて欲しい……」
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
赤毛の彼女は「じゃあね、うまくやってね!」と言ってキューブを出た。私が話しかけようとするとシーと人差し指を口に当ててウィンクし、音もなく出て行った。
私は並木さんが戻ってくるのを待つか、それとも彼女にもらった鍵を使ってこの部屋から出るか悩んだ。
このまま私がこの鍵を持ったまま、他の職員に見つかったらすぐに彼女が渡した事がバレてしまうだろう。
でも、この部屋を出たところでリスクはかなりある。
どうしたらよいのか?
私は水を飲み干すと、キューブを出て部屋を一周した。
その時、大きなブザー音が鳴り響いた。
私はまだ開けていない水をポケットに入れると鍵を握りしめ、カウンターの中に入って行った。
カウンターの奥は扉があり、そこの扉には鍵はかかっていなかった。
扉の向こうは廊下がずっと続いていた。丸い天井。まるでトンネルの中のようだ。
人の気配はない。
私は足音を立たないように壁沿いを歩いた。気配を消す方法を彼女に聞いておけばよかったと思った。
「誰だ!」
後ろから声をかけられた。まずいと思いながらも、逃げ場もなく、ゆっくりと後ろを振り返った。
「あなたは……もしかして、キューブの部屋にいた?」
私は覚悟を決め、息を吸うと「白濱さんを探しています。彼を国に帰らせてあげて欲しいんです」と出来るだけ落ち着いた口調で伝えた。
目の前の男性はにこやかな笑みを浮かべた。
「本当に彼は奇跡の人だ。さぁ、こちらへ」
彼は私を手招きして、壁に手を当てた。するとそこは通路の入り口になっていた。
「先程までわたしはあなたが探している方と話をしていました。あなたがいたあのコンクリートの部屋にいます」
「本当ですか?」
私はようやく希望を感じることが出来た。ようやく彼に会える。
「これを着てください」
通路の脇に小さな部屋があり、そこには銀色の防護服がたくさん吊されていた。
「これを着ていればあなたとはわかりません。いいアイデアでしょ?」
「ありがとう!」
防護服は思ったよりも軽くて、動きやすかった。
「他の職員に何か言われても声は出さないでください。わたしが答えます」
静かな通路を歩きながら、同じ防護服を着た職員と数メートル間隔ですれ違う。緊張する瞬間だ。
彼は手で立ち止まるように合図し、壁に手をかざした。
突然、静かな廊下に大きな足音が響いた。
「アレン大佐が回線を遮断した。この部屋には入れない」
近くにいた職員が駆け寄ってきてそう告げた。廊下がざわついている。彼のもとまで、あと少しなのに……。
「あっ……」
思い出した。彼女が言っていた人物……確か大佐と言っていた。
わたしは近くの職員が離れたのを確認して小さな声で囁いた。
「どうやら大佐はキーになる人物のようです。わたしたちサイドかもしれません」
彼は小さく頷くと、職員が集まっている場所とは反対側へ歩き始めた。
「この部屋は三つのパーテーションに分かれています。緊急事態に備えて、ひとつは手動で解除出来るようになっていたはずです。一か八かやってみます」
突き当たりまで行くと、ロープが張られた扉が見えた。
「鍵が必要か……」
「この鍵は使えますか?」
彼女から渡された鍵をそっと見せた。
「どう使うかわかりますか?」
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
「NAMIKI教授、あなたも首相たちと同じ運命を辿るおつもりですか?あの未知の者たちはこの星を侵略するつもりで首相たちを自分たちの国に連れて行った。そして、音信不通にした。わたしたちの出方を見てるんだ。
愛?
笑わせないでください」
「あなたこそ、笑わせるな!」
「……」
「あなたには心がないのかな?未知の存在たちの方がよっぽど心があるようですよ。わたしはあのキューブの中でずっと彼らとコンタクトを取っていたんです。
そしてようやく首相たちがどこの惑星にいるのかわかったんです。そこまでの行き方も」
「本当か?どうやって?愛で行くとでも?」
「はい、そうです」
「愛で惑星まで行く?冗談もほどほどにしろ!」
「冗談かどうか、あなたの目で確認してください。明日、首相たちのもとへ向かいます」
「……」
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
「誰か来たようだね。どうやって入ってきた?」
点滅している壁から銀色の防護服を着た職員が二人入ってくるのが見えた。部屋全体に緊張が走る。
「失礼いたします。確認をして欲しいと上のものからの命令です。SHRAHAMAさま、彼の番号を教えてください。職員が確認するのを忘れておりました。申し訳ありません」
俺は右の手にメモをした数字を見た。彼を迎えに行く時に必要になると言われ番号を控えておいたキャリーケースも父が番号をメモしてくれた紙も手元にはない。
手に書いておいてよかった。ゆっくり数字を読む。
「7255です」
「……ありがとうございます。ようこそアルバ国際宇宙空港へ」
大佐は椅子から立ち上がり、職員のそばに近づいた。
「君は誰かな?ここの職員ではなさそうだね」
防護服の職員はその場で凍りついたように動かない。コンクリートの部屋は静まり返っている。
壁は相変わらず点滅を繰り返す。
「SHIRAHAMAくんを探しにきたのかな?」
「あっ!」
壁の前にいた職員は防護服を脱ぎ、俺の方をじっと見ている。泣いている……。
「……白濱岳さん……ですか?」
「はい……」
「よかった、ご無事で……あなたに何かあったら何てお父様にお詫びをしたらよいのかと……」
「あなたが……」
俺のそばまでくると手をギュッと握りしめながら涙を流していた。
「お会い出来て良かったです。父もほっとするでしょう」
もう一人の防護服の職員は右奥の方へ行き、こちらへ戻ってきた。
「大佐、大変失礼いたしました」
防護服のまま深々と頭を下げている。
「頭を上げたまえ。君は彼らの協力者と見ていいんだな?」
「はい」
大佐は椅子に座り何かを考えているようだった。
「ここの空港にはいろいろな考えのもと動いている職員がいる。君のような協力者と非協力者だ。非協力者は、この宇宙時代の幕開けを快く思っていないようだ。すべて非公式に話を進めたいと思っている。しかし、もうそんな時代じゃないんだよ。
いいかい?
今、起きている事はこの星の運命を変える。だから、誰かの思惑だけで動かしてはいけないんだ。僕は家族ともう十年以上会っていない。
〝ここ〟で探したって見つからないんだ……。
僕に起きたことが〝ここ〟で起きないとも言い切れない。それは阻止しなければいけない」
アレン大佐は点滅するコンクリートの壁に近づき何語かわからない言葉を唱え始めた。
「下がって!!」
俺たちは急いで反対側の壁の方に走った。大佐の声はどんどん大きくなっていく。懐かしいような美しい響き。
「あっ!」
三人は同時に声を上げた。
突如、目の前にはゆらゆらとした光の層が出現した。どこかで見たことがある……飛行機の中。宇宙船が近づいてきた時に飛行機の中で起こったあの現象だ。
座っていた椅子は見当たらない。コンクリートの壁もなくなっている。白い発光した空間にゆらゆらとした層が見える。
「そこに入って、早く!!奴らがくる!!早く!!」
入る?どうやって……。俺たちは立ち尽くしたまま動けなくなっていた。
「何をやってる?帰りたければ、早くこの光に飛び込め!じゃないと一生、宇宙で迷子になるぞ!」
「白濱さん、行きましょう!」
「……はい!」
俺は目をつぶって息を深く吸うと、勢いよくこの光の揺らぎの中に飛び込んだ。
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