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現代短歌

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まるでおまえ百人くらいいそうだねけれど百では少なすぎるね  柳谷あゆみ(『ダマスカスへ行く 前・後・途中』)
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#現代短歌

胃にぱんをしずめて

胃にぱんをしずめて

胃にぱんをしずめてそうして窓際にボトルを立ててねむるのでした  蒼井杏(『瀬戸際レモン』)

短歌を読んでいたら、ちっちゃなナゲット、という言葉が出てきて、ちっちゃな、っていいな、と思った。

私たちはこの世界でちっちゃな何かを探す使命があるんじゃないかと時々思う。
うろうろしながら、この世界のちっちゃなを探す。
ちっちゃなナゲットを見つけた人は一つのちっちゃなを見つけた。

私はちっちゃなはしご

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また夜に家で会おうね

また夜に家で会おうね

また夜に家で会はうね、眠かつたら先に寝てゐていいんだからね  田口綾子(『かざぐるま』)

〈こちら側のどこからでも切れます〉というマジックカットのことを話題にする人は多い。書く人も多い。
多分みんな長く生きて来ていて、ほんとうはどこからも切れないものがこの世界にはあるんだよね、ということを知ってるからだと思う。

この世界にどこからでも切れるものなんてない。今日あったとしても、明日ない。

すべ

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本当に最悪なのは何だろう

本当に最悪なのは何だろう

本当に最悪なのは何だろう 君がわたしをあだ名で呼んだ  永井祐(『日本の中でたのしく暮らす』)

気づくとドーナツを手に持っていることが多い。ドーナツは家で落ち着いて食べるものじゃなくて、いつも手に持っていて、どこかかじっている、そういうものじゃないだろうか。

人が怒ったり泣いたりしていたときも私は手にドーナツを持っていたような気がする。
相手は凄く怒っていたけれど、こんな円い食べ物どこにも仕舞

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あなたの髪を風が吹く

あなたの髪を風が吹く

寝ぐせつきしあなたの髪を風が吹くいちめんにあかるい街をゆくとき  河野裕子(『河野裕子歌集』)

寝ぐせって進化することがないのかなあと思う。
例えば、3033年とかの寝癖はどうなってるんだろう。
相変わらず、あっちの方にとびかっていたり、こういってこんなふうに曲がる感じになっているんだろうか。

多分穂村弘さんだったと思うけれど、幽霊に寝癖があったらちょっと気になる、みたいなことを書いていたこと

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どれだけ覚えておけるんやろう

どれだけ覚えておけるんやろう

どれだけ覚えておけるんやろう真夜中の砂丘を駆けて花火を上げた  法橋ひらく(『それはとても速くて永い』)

詩は勇気のことなのかなと時々思う。

どれだけ今この瞬間を覚えていられるか私は試されている。すごく後になって違うかたちで思い出したりすることもあるんだろうと思う。
あんなことがあったね、懐かしいよね、と君と話し合うこともある。でも二人とも心のどこかで本当はもっと小さな真実がちりばめられていた

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口笛を嫌でも吹かなきゃ

口笛を嫌でも吹かなきゃ

終わらない だからだれかが口笛を嫌でも吹かなきゃならないんだよ  中澤系(『uta0001.txt』)

始まれば終わる、ということばがある。始まれば終わるので、どんなに嫌なものごとでも始まりに立ってしまったらいい。そうすれば終わるから。

終わりって大事なんだろうなと思う。私は自主的に夏休みを延長するタイプの人間だったが、それでも31日という終わりがなかったら、秋も冬も夏休みを続けていたような気

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それが僕でないこと

どの虹にも第一発見した者がゐることそれが僕でないこと  光森裕樹(『鈴を産むひばり』)

ケーキを買うために並んでいたら、前のひとたちが一気に買い占めてしまい、自分の買うぶんがなくなってしまった。

算数の問題でもよくりんごやみかんを配っているけれど、きっと自分は算数の問題の外にいて、そのりんごやみかんをもらえないひとなのかもな、と思うことがけっこうあった。

でも、おんなじように算数の問題の外に

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私をさらって行ってはくれぬか

私をさらって行ってはくれぬか

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか  河野裕子(『ほぼ日手帳2021』)

なにもかもが渦のように見えて悩んでいたことがある。どっちにするかも決められない。生チョコロールにするかモンブランにするかそういうことも決められない。
全部渦の中にいるように思える。

「でもここではなんだって起こるって思ったらいいんじゃない。渦の中にいるんだから」

そう言われて、まあそうなの

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抱きしめているんだよ

抱きしめているんだよ

抱きしめているんだよだからそれでいいじゃないかそれに眠ってるんだよ  柳谷あゆみ(『ダマスカスへ行く 前・後・途中』)

最悪になったらどうしようっていつも思う。
一生懸命やってそれでも最悪になっていったら。

「一生懸命やったんですが私は今こういう形でこういう風に言うしかありません。最悪です」

そう言おうか。
そうして頭を下げる。上下左右いろんな風に振りまいた頭を、最悪に向けて、しっかりと碇の

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