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【短編小説】MOON DREAM

彼は引くこともなく、真っすぐな目で私を見ている。
「ほんと?センセ」
私は彼の髪に手をかけた。彼はぐっと机に寄りかかる。
香水のほのかな匂い。彼の汗の匂いと一緒に。眩しい。私は目が見えないのか。
太陽が沈んでいく前の光だ。
このまま暗闇になったらどうだろうか。
窓の外を見る。
彼と私だけの世界。
眩しい。
くらくらする。



始業のチャイムが鳴っても、彼はいない。
私は彼のことを日記に書くときは「彼」と書いている。
私にとって彼は生徒ではない。
もう、“男“だ。
何百人といる中での唯一、男と見れた。それは、
彼の儚げな印象だったかもしれない。背の高さかもしれない。
肩から腰のラインが綺麗だ。
そう思ったときはもう、恋に落ちていた。
「彼は“大人”だ」
そう思った。
一目惚れ。
笑っている。
いつも他の生徒と一緒に笑っている。
笑った顔も綺麗だ。



終業のチャイムが鳴って暫く経った頃、彼は来た。
髪が今日は目に掛かっている。私は、話しかけてみることにした。
彼は廊下で喋っている。
「石上くん、髪が目に掛かってる、切って来なさいよ」
そうすると彼は、カラーコンタクトで茶色になった眼をゆっくり私に向けた。
「髪?」
私は緊張していた。顔がこわばっていた。
「…そう、髪」
「ゆーこちゃん、うっせえこというと、犯すよ?」
彼が言うと、
ギャラリーが
「バーカ、石上、何言ってんだ」
と笑う。
周りが笑いで包まれた。
私はたじろいだ。怖かった。
すると、彼は私の手を取り、
「来い」
と、引っ張った。
「ちょ、ちょっと、石上君!」
舐めていた。高校生の男子のことを。
「石上がゆーこちゃんやっちゃうぜー!!!」
周りは盛り上がっていた。
私は強い力に引っ張られ、廊下を走っていた。

何故だかちょっと期待もしていた。



ばん!!!
社会科準備室の扉を閉めると、彼はキスをしてきた。
スカートの中に手を入れる。
さすがにそれはまずい。
「石上君!石上君!!!」
力いっぱい抵抗すると、
「センセ、俺好きでしょ」
と、手を放して言った。
「…そう…」
と言うと、彼は私の机に寄り掛った。
「今俺、美術の高本と付き合ってんの。内緒だよ」
と笑った。
白い歯。
私は少しうつむいて、
「石上君は…タバコ吸わないでしょ」
と言うと、彼はふっと笑って
「俺、酒飲むけど、吸わねーの、体に合わねーみたい。ね、ゲームしてみよう」
「ゲーム?」
「センセが俺誘ってくれたら、俺あんたと付き合う。その代わり、上手くやんねーとだめだよ。乗る?乗らない?」
「…乗る」
そうしてまた
「おっけ」
と笑った。



私はキスをすると、たまらなくなった。
「あなたのことが、ずっと好きだったの」
そう言うと、
「ほんと?センセ」と目を細めた。
髪に手を掛けると、本当に、限界になった。
「あなたの…こ…が…」
「何で泣くの、そんなに俺のこと好きだった?」
彼は笑っていたが、私は涙でもう光が飛散していた。
彼の髪。汗の匂い。香水の匂い。
彼は私の耳にキスをして言った。

「俺はね、入学式の時、あんたのこと見たの。一目惚れだったよ」
私はもう、日が陰って光がないことに気づいた。

涙でぐしょぐしょの目で、満月が出ているな、と窓の外を見ていた。
満月って夢を見せるんだっけ。




今日の夢はきっと、切なくて、甘い、甘い、夢だろう。










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