天国へ、背中を押された
私は今いわゆる天国というところにいる。
正確には天国行きか地獄堕ちか決定する場なので天国ではないかもしれない、ひとまず黄泉としておこう。
タキガワユウジ、享年27歳。
死因は衝突による衝撃と損傷によるもの、偶発的ではなく自発的な。
わかりやすく言えば電車への飛び込み自殺だ。
なぜそんなことをしたかを話せば長くなる。
長くなるというか、誰かに長々話聞いてもらいたい心情ではあるがそれは生前死の選択をする前にするべきだったか。
簡単に言えば仕事や人間関係、恋愛的な悩みが重なったことでストレスがマックスまで溜まり吐き出すことができなかったことによる。
死んでから気づくのは遅いけれど、死ぬ以外にも楽になれる選択肢もあっただろう。
生きながらも逃避できる術などいくらでもあった。
とはいえ精神的に追い詰められた状況が続けば正常な判断はできず、視野も狭くなるもの。
通勤時間のある日、電車を待つ線路を眺めているとそこが自分の終点になってしまった。
不思議なものでなぜか線路の方に引き寄せられる。
魅力的というかなんというか、そっちに行った方が自分にとって良いのではないかと思わせられる。
花畑のような匂いがそちらからする。
思わずそちらに足が向いてしまうくらい強烈に、誘うように妖艶に。
甘く切なく優しく包み込むように。
私の足は白線の内側へ踏み出す。
それは不思議な感覚で、私の意思で足は動かすが私の本能は危険と認識する。
あぁ、まずい。そんな思いも少しある。
あぁ、すぐそこに。僕は楽になれる。
人生を大きく決定する瞬間はすぐそこだった。
ゲームは死んでもセーブデータの途中からやり直せる。しかし人生のセーブデータはない。
そんな文を読んだことがある。
もしも天国で苦なく永遠に過ごせるなら、今の苦しみから解放してくれるなら、そこは希望の楽園なのだろう。
チラっと浮かぶのは両親や友人の顔。
誰よりも自分の味方でいる両親、苦しいときも笑顔で励ましてくれる友人。
彼らに悲しむ顔色をさせるのか。
決心は鈍る、まだ引き返せる。
足を止め来る電車に乗るだけだ。
ピタリ、白線を超えた一歩は踏みとどまる。
これで良いのだ。
花の香りは薄まる。
そこは楽園じゃないらしい。
“行っておいで”
そんな声が聞こえた。
ポンッと背中を押される。
踏みとどまったはずの足がヨロヨロと歩みを再開する。
強烈な花の臭いに誘われるように止まらぬ体は白線を超えレールへと誘う。
ファーンという電車のクラクションが人々の絶叫と鈍い衝突音をかき消す。
私の最期数秒はスローモーションのようだった。
ガラス窓越しの車掌と目が合い、ホームほ方を振り向くと驚く人々の前で私の背中を押した人物が優しげな顔で見送る。
その人とは面識はない。
しかし私にはわかった。
あぁ、きっとこの人はこの駅の先人だ。
痛みは一瞬だった。
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