チョコバナナパフェ バナナ抜きで
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「チョコバナナパフェひとつ」
「はい」
「あの、バナナ抜きでお願いできますか?」
ウェイトレスは、すこし間を空けて、できますと答えた。
「じゃあ、それでお願いします」
彼は、にこやかに答え、メニューをウェイトレスに渡した。
「相変わらず、バナナは食べないんだね」
私が言うと、
「好きではないからね」
彼は、上着を脱ぎながら、静かに答えた。
「私は好きだけど」
「知ってるよ」
土曜の昼間だというのに、レストランは空いている。まるでこの街がゴーストタウンにでもなったかのように人がいない。
店内には、しっとりとしたジャズが流れ、新聞を読んでいるおじさんと、ステーキを頬張っているおばあさんが、レストランの置物のように椅子に座っていた。
「いま、怒ってるんじゃない」
「なにが?」
「バナナ抜きなんて、けしからんって。料理長が」
彼は、ありえないというふうに、含んだ笑いを唇に浮かべた。
「ありえるでしょ?」
「ありえるかもしれないけど、その可能性は低いね」
「なんでよ?」
「バナナ抜きなんて、しょっちゅうあることさ。ぼくが知っている限りでも、3人くらいバナナ嫌いはいるよ」
彼は、冷静に答える。
いつもそうだ。彼は、自分はなんでも知っている、そんな態度をとる。
「チョコバナナパフェって言うくらいだから、バナナはなくてはならない存在でしょ。もしかしたら、そのバナナは料理長が選びに選んだ一品かもしれない」
私は、すこし怒気を含んだ声で言った。
彼の後ろで、なにごとかと新聞から顔を上げたおじさんと一瞬、目があった。私と目が合うと、すぐにおじさんは、目をそらして、頭をかいた。
「相手もプロさ。たとえそうだとしても、そのバランスは崩れないように、手を施しているさ。つまり、バナナ抜きでも、チョコバナナパフェはうまい」
私は、呆れて、厨房を見た。さっき注文を取りに来たウェイトレスが、大きなあくびをしている。
彼は、私をいつも怒らせる。意図的なのか、それとも自然にそうなってしまっているのか。
杖をついたおばあさんが、わたしの横をゆっくりとトイレの方に向かった。
「ぼくが、バナナを嫌いな理由、覚えてる?」
「うん。忘れもしないよ」
「だよね」
「ほんと、しょうもなかったから」
あごに手をつき、嫌味っぽくそう言うと、彼は、なぜだか嬉しそうに笑った。
ウェイトレスが、トレーにチョコバナナパフェを載せて歩いてくる。
彼は、まだ気付いていない。私の方からしかウェイトレスは見えない。
「お待たせしました」
男は唖然とした顔で、ウェイトレスを見上げる。
私は笑いを堪えるのに必死だった。
ウェイトレスはそんな彼の苦悶の表情に気付かないのか淡々と、チョコバナナパフェを彼の前に置き、注文はお揃いでしょうかと抑揚のない声で言った。
彼は、何か言いたそうにしていたが、ウェイトレスはその隙を与えないかのように、すぐに立ち去った。
「料理長の反撃だ」
と、私が茶化すと、彼は悔しそうにバナナがしっかりと入っているパフェを見つめた。
私はつい昔の癖で、パフェのバナナを手で掴み、そのまま口に放り込んだ。
よく噛んで、飲み下し、彼の顔を見ると、懐かしそうに私を見ている。
「なに?」
「いや」
彼は無言で、諦めたようにバナナがなくなったチョコバナナパフェを食べ始めた。
私は、いたずらっ子みたいに舌をベッーと出して見たが、彼はパフェに夢中で気付かなかった。
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