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【72】北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周 25日目 函館〜江差① 2019年4月27日

平成の終幕を控え、今日は史上空前の10連休初日。函館は雨模様。
「週末北海道一周」は一年半のブランクを経て、わたしにとっては未踏の地、松前・江差へ。今日は風雨の中のセンチュリーライドです。

▼ これまでの記録はこちらです。


◆ 気温4°Cの朝

カーテンを開けると外はすっかり明るくなっていました。いったい何時か、と時計を見ると、まだ4時半。北国の日の出は早い。
ただ、朝日は射しておらず、路上の大きな水たまりに次々と波紋が広がっています。
朝市に向かう家族連れが多数、私も一旦外に出て、通りを渡りかけました。が、今さら朝市かなあ、と思い直し、しばし逡巡。そうしているうちに雨脚は強くなり、小走りにホテルに戻り、無料の朝ご飯で済ませました。

今日目指す松前・江差は未踏の地。
札幌に暮らしていても、なかなかこのエリアに脚を延ばす機会がなかったのです。
こんな天気の日に駆け抜けるのはもったいないのですが、走らなければ今宵のねぐらがないので、行くしかありません。

7時半に函館駅前を出発。気温は4度。
今日は最高気温も9℃程度までしか上がらぬ模様。まだ関東の2月のようです。
上半身はレーサモの上からゴアテックスのウィンドブレーカー、グローブは厳寒期用。下半身はロングタイツに防寒性の高いソックス、それにシューズカバーも。
こんな完全防備でもなお、ネックウォーマーを忘れてきたので、首筋の寒さが気になります。我慢できなくなったらどこかでタオルでも買って首に巻くかな、と思いながら、国道を避けて港湾地帯の道路に入りました。

函館駅から上磯方面へ向かう道は、札幌勤務時に出張に来た折、ブロンプトンで走ったことがあります。経費節減でレンタカー代を節約したのです。その時とロードバイクのスピード感はさすがに全然違い、あっという間にフェリーターミナルを過ぎ、沖合に全長2kmに及ぶ長いベルトコンベアが伸びる太平洋セメントの上磯工場に差し掛かりました。ここは東日本最大のセメント工場。後背地には明治期から採掘が開始された峩朗(がろう)鉱山があり、今なお約300年分の石灰石が埋蔵されているとのこと。

▼ こちらを参考にさせて頂きました。https://www.jcassoc.or.jp/cement/4pdf/jg3_02.pdf

この辺りまで来ると、函館山が湾の向こう側に見えます。朝はすっぽりと雲の中に隠れていたのに、今では全容を現しています。

▲ 上磯付近から函館山をのぞむ

思いの外、海上は波も小さく、空も明るい。山の方に目をやれば、木々の間からゆらゆらと水蒸気が明るい雲の中へと上っていくのも見えました。このまま天候回復とはいかぬまでも、この程度の小雨ならばさほど気にならないかな、と思います。東からの風が背中を押してくれるので、ペースも快調。

しかし、甘い期待はあっさり裏切られ、上磯の先の富川あたりで空は一面黒雲に覆われ、大粒の激しい雨が降り始めました。
みぞれが混じっています。顔に当たると痛い。
しかも、この辺りは路面状況が極めて悪く、路肩には穴ぼこ、それを雑に埋めたかさぶたのような突起、しかもそこに水たまりができ、ストレスが溜まることこの上ありません。路面状況がまだましなセンターライン寄りに逃げたいところなれど、この道は通行量が多く、トラックやバスが次々と私を追い抜いていきます。
がたがたの路肩が一段落すれば、こんどは春の北海道に多いアスファルト舗装の継ぎ目のひび割れが連続して、車体にもお尻にも優しくありません。
学生時代に鮭の遡上を見に来た茂辺地川も、今日は靄に煙っています。
路傍には、辛夷の白い花が遅い春の到来を告げていますが、そんなものに目をやる余裕もありません。
トラピスト修道院にも全く気付かぬまま、通過してしまいました。

起伏のない波打ち際の道なのが唯一の救い。
穏やかな朝であったなら、もうちょっとのんびりと走れるでしょう。

◆ 木古内〜知内

30分ほど我慢の時間が続き、ようやく雨が小降りになりました。天候不順ではありますが、東風に背を押され、さらに新調した後輪ホイールの威力もあってか、ペースはすこぶる快調。
9時過ぎには、函館から40キロの木古内に到着。ここで雨は一旦止みました。

▲ 木古内より矢越岬方面を臨む

ここには、新幹線の駅と一体化した道の駅があり、北海道新幹線の開業当初はよくマスコミで取り上げられていました。覗いてみるつもりでいたが、雨が再び降り出さぬうちに先を急いだ方が良さそうです。
ここから海岸線は南に向きを変え、それに従って国道228号線も方角を転じます。南東に転じつつある風が斜め前から吹き付け、今までのようには進まなくなりました。

木古内までいつにないペースで飛ばし、その先向い風に逆らって踏み込み、血糖値が下がったのか、或いは最近異常値だった血圧が急降下したのか、ボーっとなってきたのを感じ、知内町の中心部で立ち止まります。
二時間、ほぼ休憩なしで走り続けてきました。
バイクは既に泥まみれになっています。路傍に腰を下ろして大福を頬張りました。

知内は、青函トンネルの北海道側の坑口がある町。人口44百人ほどの小さな町なのに市街地に落魄感が少ないのは、火力発電所の恩恵でしょうか。
ここには温泉も湧いており、このエリアを走るスケジュールを検討した際、函館から江差まで1日で長駆走り抜けるのでなく、ここで一泊しようかと考えたこともあります。そうすることで、秘境・矢越岬方面へも足を延ばす余裕もできるのです。
矢越岬への道は途中で行き止まりになり、陸路で周回することはできません。国道228号線は知内から約20キロに渡り海岸沿いの険阻な山塊を迂回して、福島峠を越え、福島町・松前町に向かっています。

◆ 福島峠を越えて

海岸線を離れ、その内陸の迂回道に進みます。
牧草地の続く知内川流域を遡っていきます。川端の木々に芽吹く新芽はまだ弱々しく、関東の三月上旬くらいの風景に見えます。
雨に濡れそぼる牧草地に春の花々が点描のように彩りを添えています。明日には北海道は高気圧に覆われ、晴れ渡る予報。春の雨に続く陽光で、花々も木の芽も一斉に芽吹くことでしょう。
左には矢越山が聳え立ちます。中腹から上は雪を被っています。
相変わらず車が多く、しかも人家が点々とながら途切れず続くので、あまり北海道の道という感じがしません。想像するに、江戸期から倭人が定住していた歴史のある地域であること、またかつては国鉄松前線が走っていて、その沿線に集落が形成されていったこと、などが人家の多い理由でしょう。
北海道新幹線の高架の下をくぐります。函館方面から新幹線に乗ると、木古内を出てすぐにトンネルに入ってしまいますが、知内町の湯の里地区あたりで再び地平に現れ、高架橋を走って青函トンネルに突入します。乗車していると本当にあっという間です。その、飛び去るように地底へ消えていく新幹線を見るために展望塔が設けられています。

この先に坑口があり、トンネルは大きな弧を描いて、福島町から海底に差し掛かります。列車に乗って通過するだけでは地上の様子に興味を持つこともありませが、こうして自転車で走ると位置関係がよくわかり、青函トンネルのスケールの大きさを実感させられます。
知内川の谷をじわじわと詰めていきます。道幅は広く、ほぼ傾斜を感じない程度の快適なヒルクライムが続きました。
千軒というかつての開拓集落らしきところを過ると、勾配が少し急になってきました。
ここは、福島峠、と名づけられています。標高は160mほど。知内市街地から峠上までは約18キロ。最後2キロほど、少し勾配が急になって、最高地点のトンネルに達し、その先は大きな弧を描く下りに入りました。傾斜も曲線半径も適度な、快適なダウンヒルです。
駐車帯にはパトカーが待ち構えています。
海岸線に近づくにつれ、向かい風の抵抗を感じました。

内陸部を走っていたのはわずか1時間ばかりに過ぎませんでした。心配していた路面凍結も積雪もなく、雨も小康状態を保ってくれました。それでも、峠を下りきって景色が開けた時にはホッとしたものです。
10時40分、福島道の駅にて脚を止めました。相撲甚句が流れています。
福島は、千代の山と千代の富士という二人の横綱を輩出したことと、及び青函トンネルが陸地から海底に突入する地点として知られています。町には横綱記念館と青函トンネル記念館があり、どちらも興味をかき立てられます。
道の駅の隣にある横綱記念館の前では、色褪せた幟旗が弱くはためいています。寄ってみたいけど、それより、今日は天候が崩れる前に先に進みたい。

▲ 横綱記念館

ここまで74キロをネット2時間半ほど。私としてはかなり速いペースで走って来ました。その分カロリー消費も多く、低血糖なのか、またすこし頭がぼっとしています。道の駅には、連休を当て込んでの露店が幾つが出ていたが人気はなく、売店にもすぐ口にできるものは見当たらないので、ベンチに腰を下ろして持参した大福を食べました。
町内のコンビニには「女だけの相撲大会」なるポスターが掲出されていました。毎年、母の日の恒例行事で、もう28回を数えるそう。ホームページを見ると、絶対敵に回したくない程の女傑たちが赤いTシャツ姿で相撲を取る様が掲載されていました。

▲ 女だけの相撲大会

福島道の駅を出てまもなく漁港があって、振り返ると、矢越岬の方を望むことができました。
矢越山の頂陵はまだ雪が多く、断崖絶壁になって津軽海峡に落ち込んでいます。

南東からの風が少し収まってきました。走りやすくなりそうです。

▲ 福島漁港より矢越岬方面を臨む

◾️ ◾️ ◾️

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。少し穏やかになった気象条件のなか、引き続き桜祭りの松前を目指します。よろしければ続きもお読みくださいませ。

私は、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、そのほかの自転車旅や海外旅行の記録などを綴っています。宜しければこちらもご覧頂ければ幸いです。


(続く)

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