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創業社長の覚悟!

大学を卒業して会社に就職し、なんとなく会社員になった。
目標はあった。山梨県初の企業社会人ラグビーチームを誕生した
企業で、地元に帰って仕事をしながら好きなラグビーが続けられる。
そして強化して、最高峰のリーグを目指す!
選手、監督、GMを経験することができた。
仕事とラグビーの両立をモットーに23年間勤務した。
入社の時は、わからない用語がたくさん
幸いにもメーカーで、工場勤務で工場(現場)で2年半仕事ができた
ことは後に多くの財産を得ることになった。
しかし新入社員の時は、ただただ与えられた仕事、責任を全うする。
十年もしたことに係長に昇格して教える立場になり責任が重くなった。
人との関わりは得意でも、教えるのは違った。
リーダーシップとは、そしてラグビー監督をして、選手に能動的に機能して欲しいと思い、強いチームに変化したい、係長として、部下に説得力を
もとうとまずは、自分を変えなければ色々な研修に参加した。
社会人になり、初めて知ることばかり、学校の教育では教えられない
知識が豊富に学ぶことができた。
そんな中、講師は私たちに
「企業は、公の器の中に存在する」
「顧客の創造」
「主体変容」
「仕事と思うな人生と思え」
「成功は技術」
また四書五経では、君子とはいかなるものか
易経では「乾為天」リーダ―学を学ぶことができた。
最初は何を意味するか最初理解できなかった。
東洋から西洋の学び、ラグビーの 公認コーチング
栄養学、コミュニケーション、NLP(神経言語プログラム)
速読、ウエイトトレーニングなどなど
多岐にわたり、毎週土、日は学びに時間を費やした。
40歳にして迷わずと孔子いわく、学んだことが
実を結ぶようになった。
しかしサラリーマンらしくなく目立ち
存在感をいいと思わない人がいた。
出る杭打たれる。
45歳で会社を退職して、
会社も何社か転々とした。
うつ病にもなった。
12月は、最初の入院の時期と重なり
今でも体調を壊しやすい。
サラリーマンは、もうできないと思い
起業した。
大学生の時に起業などこれぼっちも考えたことはなかった。お金がないと起業することはできないと思い込みがあった。
社長になることが目標ではなく、
これから生きて行くために選択をこれしかない。
双子の二人が「大学に進学したい」目標を叶えてあげるために、そしてこれからの日本の社会に希望を与えたい。
政治家にはなれないが
起業家で社会の課題に取り組み
事業を発展し、社員を雇い
人間性をたかめながら、貢献する会社をつくる
50歳に天命を見出した。
目的あって目標なんだよ。
まだまだ志半ば、会社経営は、パティー開催して
資金は集まらない。
お客様に必要性を感じてもらい
契約が成り立つ。
資金繰りも何もかも
大変でした。
創業して4年
法人化3年
ゼロから始めた。いや資金面は借金マイナスから初めて会社もなんとかお客様のために機能している。

社長になるためにではなく
公に貢献するために社長は、存在する!
もう一度のチャンスくれた神様、ご先祖様
支援してくれた仲間に感謝です。
そして家族に!


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