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自分勝手だけれど真っ直ぐ

何か問題が起きて、悪気があったのか、なかったのかということは、どれだけその人の評価に影響するのでしょうか。

たとえば事件が起きて、どの程度の量刑を課すかといった場合なら、何らかの参考になるのだと思います。

では、生活の中ではどうでしょう。
悪気がないということが、人間関係を円滑にする要素になりうるのでしょうか。

悪気があったかどうかは、結果として相手がどのような気持ちだったかを知ることです。

悪気があったなら、ひどい人と思われ、悪気がなかったなら、そんなこともわからない人と思われてしまう可能性もあります。
どちらにしろ、あまりいい印象は持たれないのかもしれません。

一方、本人からしてみれば、悪気があったかなかったかは大きな違いだという気がします。
自分は、そんな悪い人間ではないと、潔白を証明したい気分になるでしょう。
潔白を証明すれば問題は解決。そんなこともわからない人だと思われるなんて、あまり考えていないのではないでしょうか。

責める立場、責められる立場の両方になりうる可能性があるのに、どちらかの立場になった時、相手からどう思われるかを冷静に判断できないことがあります。

悪気はなかったという言葉が、相手に対してではなく、自分の良心に対しての釈明にも聞こえるのです。

人は、いつも誰かに言い訳をして、自分の生き方を認めてもらいたいと願っているのではないでしょうか。

自分勝手だけれど、真っ直ぐなのだと思います。



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作家。著書「自閉症の僕が跳びはねる理由」「自閉症の僕が跳びはねる理由2」「跳びはねる思考」最新刊「世界は思考で変えられる自閉症の僕が見つけた「いつもの景色」が輝く43の視点」が発売中です。 東田直樹オフィシャルサイト https://naoki-higashida.jp/