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『君と明日の約束を』 連載小説 第六十九話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします🌼
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
一つ前のお話はこちらから読めます↓

「読んでみて!」

 キラキラした目をこちらに向けるその男の子の勢いに負けて、私はゆっくり一ページ目の文字を目で追っていった。

 しばらく読んで、分からない文字が来た時に顔を上げた。隣には、嬉しそうに笑う男の子がいた。

「面白い?」
「まだわからないよ――っ」

 そう言った時に、大きく咳き込んでしまう。

「大丈夫? 読むのしんどかった?」

――そうじゃないよ、急に話したから。

 心配する男の子に言おうとして、気づく。
 本を読み終わるまで、咳の心配をしていなかったことに。

 いつもだったらどんな動作でも咳を出さないように慎重にする。それなのに、文字を追っている間は、それを忘れていた。

 それだけじゃない。思い出そうとしても、咳き込むまで、呼吸がしんどいと思わなかった。

 こんなことはなかった。
 面白いかはわからないけど、「しんどさ」を忘れるなんて。
 寝ている時でも、息がしにくいことが頭から離れないのに。

 男の子は、本を眺めている私の顔を見て、

「貸してあげるよ」

 と笑った。

「わからない言葉だらけだけど」

 なんとなく恥ずかしくなって、そんなことを言ってしまう。

「大丈夫。調べたら分かるよ」

 突き放されているようには感じなかった。

「うん……ありがとう」
「うん。あっ、行かないと。お父さん検査から帰ってくる」

 出て行こうとした時、思わず聞いた。

「明日も来てくれる?」

 それからその男の子は、毎日のように来てくれた。そして分からない言葉があれば、その都度教えてもらうようになった。

 その子は、寝たきりのお父さんのお見舞いを抜け出して、一日一時間以上私の病室に居座るようになった。
 読むのは遅かったけれど、毎日、続きが読むのが楽しみで、二人の時間が来るのが待ち遠しかった。二人の時間が終わって、次の二人の時間が来るまでは、ずっと今まで読んだ部分を繰り返して読んでいた。先には進まない。だって、その楽しみは二人の時間にとっておきたかったから。

 こんなことは初めてだった。早く明日が来て欲しいなんて、考えたこともなかった。毎日、明日を生きがいに辛さに耐えられるようになった。

 退屈だと気づきもしなかった日常が、色づいていくようだった。
 こんな楽しいことがあるのだと知った。初めて、心が踊ると言うことを覚えた。

ーー第六十九話につづく

【2019】恋愛小説

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