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『君と明日の約束を』 連載小説 第六十八話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします🌷
毎日一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
一つ前のお話はこちらから読めます↓

 その子が現れたのはそんな時だった。彼は同じ年齢の男の子で、お父さんが入院することになったらしく、そのお見舞いで病院を訪れたらしい。

 彼が私の病室を覗いたのはたまたまだったのだろう。後から聞いても彼のお父さんの病室は棟が違っていた。ただ同じ階だったので、お父さんが診断のために病室からいなくなったタイミングで、連絡通路を渡って来たのだと言っていた。

「何してるの?」

 いつものようにただ上を見上げていたら、声をかけられた。お母さんやお父さん、看護師さんたち以外の声がしたのは初めてだったから、私はぱっと首を動かし、扉の方を向いた。
 拍子に咳が出る。

「大丈夫?」

 その男の子は焦ったような声を出して、私の方に駆け寄って来た。

 私はまだ咳がおさまっていなかったけど、指で丸を作ってその子に見せる。その男の子は心配そうな目で私のことを見ていたが、少し落ち着くともう一度さっきの質問を繰り返した。

「何見てたの?」

 不思議そうに私が見ていた先を見上げる男の子に、思わず笑みが漏れてしまう。笑うのはずいぶん久しぶりのことだと思った。
 私は、できるだけ呼吸を整えて、答える。

「ただ見てるだけだよ」
「面白いの?」

 興味津々な様子で尋ねられ、また口角が上がる。

「全然」
「そっかあ」

 興味をなくしたように、でも優しい響きで、その子が笑う。

「そろそろ行かないとお母さんが探すから」

 そう言って彼は出て行ってしまった。年齢が近い子と話すことに慣れていないから、私の反応が面白くなかったのかな、と少し残念な気持ちになった。
 でも次の日、彼はまた私の病室を訪れた。

「また見てる」

 その時、私は昨日と同じように天井を眺めていた。

「何の病気?」
「喘息と、頭の中の病気」
「ふうん。じゃあここから出てないんだよね?」
「そう」
「はい、これ」

 名前も知らない男の子は、そう言って私に小さな本を差し出した。小さな私の手でも困らないくらいの本。何度も読まれているのか、表紙の橋はふよふよと波打っているし、裏には大きく名前が書かれてあった。

「何?」

 受け取って開けると、細かい文字がびっしり並んでいた。
 思わず顔をしかめてしまう。

ーー第六十八話につづく

【2019】恋愛小説

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