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『君と明日の約束を』 連載小説 第六十話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします
毎日一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
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 静かな病院の廊下に、僕とお母さん二人の足音だけが響く。いっそのこと音がなかったらいいのに、いろんなところから足音が聞こえるみたいで、気持ち悪い。

 進む先に、一つ光が漏れている部屋があった。お父さんのいる部屋だ、そう思った瞬間、腕を強く引っ張られる。痛いと感じる間も無く僕はまたお母さんに抱え上げられた。急ぎ足で光の元に向かうお母さん。ずっと、「大丈夫、大丈夫」と呟いていたのを覚えている。

 お父さんの部屋には、白衣を着た大人の人が数人お父さんを取り囲むようにして立っている。暖かい光に包まれた部屋に、ピッピッピッっという、他の音から取り残されたみたいな音が響いていた。

「お父さん」

 随分長い間耳にしていなかったお父さんからの返事を期待していたわけではない。ただ気がつけば、勝手に口から声が漏れていた。

 みんながこっちを向いて、困った顔を見せてくる。なに? なんでそんな顔をしているの?
 みんなが見せる顔は、今まで見たことのない表情だった。だから、みんなの顔が何を表しているのか理解できなかった。いつもより少しゆったりとした音が鳴っていた。

「奥さん、声をかけてあげてください。耳は最後まで聞こえていますから」

 丸っとした体型の優しそうなおばさんが、お母さんに言う。お母さんは頷き、僕を腕から下ろしお父さんに近づいた。おばさんの言っている言葉の意味は、あまりわからなかった。

 母の様子を他人事のように眺めていると、眼鏡をかけて疲れを含んだ顔の男の人が僕に目線を合わせた。無理に口角を上げて話す彼は、会ったことのない人だった。

「ボクも最後に、お父さんに声聞かせてあげて」

 声を聞かせる? 最後? 声なんていつも話しかけてるじゃないか。さっきも。彼が言いたいことがよく分からず、僕は首をかしげる。

 ピ。ピ。ピ。ベッドの上で眠っているお父さんに目をやると、お父さんは気持ちよさそうに目を瞑っている。

「お父さん」

 その呼びかけが空気に溶け、耳にピーと音が入ってきた途端――幼いなりに、すう、と理解できるものがあった。

ーー第六十一話

【2019年】恋愛小説

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