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100年続くレストランを目指して vol.7

東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ柴田秀之が日々考えていることを綴っているnoteです。2020年10月「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」からスタートし、「クレリエールの料理」を経て、連載第3弾は「クレリエールを今から100年続くレストランにする」をテーマに食材や生産者さんとクレリエールのお話をしていきたいと思います。
★過去の連載は文末にリンクがございます。ご一読いただけたら嬉しいです。

Vol.7 藤本純一さんの鯛(前編)

ある日のこと、営業の準備でちょっと外に出ようとお店のドアを開けたら、目の前に見知らぬ男性が立っていました。「愛媛県の今治で漁師をやっている藤本純一です。」そう言うと、名入りのタオルを僕に差し出しました。聞けば、レストランガイド『ゴ・エ・ミヨ』の授賞式に参加するため東京に来たので、お取引のあるシェフにご挨拶して回っているのだそう。そして、そういったシェフたちや飲食業界の仲間たちとの話の中で何度か耳にしていた柴田が、同じ授賞式に受賞者として参列していたので「ひと言ご挨拶を」と思って来られた、ということでした。

藤本純一さんといえば、「最高の魚を届けてくれる」と日本のトップシェフたちからの信頼も厚く、メディアなどでは“日本一の漁師”“カリスマ漁師”と称されている方。仕入れたくても取引先リストに入ることすら困難とも言われています。そして『ゴ・エ・ミヨ2021』で受賞したのは「テロワール賞」。これは「風土や食材、文化を尊重しつつ、食材を通じて独自の挑戦を試みている生産者を顕彰する賞」で、藤本さんは「海と仕事を守るために自身の獲る魚の価値を独自の手当てや流通方法の工夫によって高め、新しい漁業者像を提示している点」を評価されての授賞でした。ちなみに、僕が受賞したのは「明日のグランシェフ賞」です。(その時のお話をnoteで書いていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。)

ところが、そんな有名人を当時の僕は全く知らず、授賞式に同席していたことも認識していませんでした。当然、名乗られてもピンと来ない。よくある「業者の営業」だと思っていたくらいだったので、コーヒーをお出しするどころかお店の中にお通しすることすらせず、扉の前でひと言ふた言立ち話しただけで終わりました。せっかく訪ねて来てくださったのに、失礼な話ですよね。本当に申し訳ないことをしてしまいました。
厨房に戻ってスタッフに話したら、当時のスーシェフが藤本さんのことを知っていました。前に働いていた星つきレストランで藤本さんのお魚を使っていて、毎回非常に良い状態で届くので食材に詳しくて人一倍厳しいシェフも一目置いていたとのことでした。でも、その時はこれきり。僕も藤本さんも互いに連絡することはありませんでした。

そんな藤本さんと僕の縁を繋いでくださったのが、前回のnoteでご紹介したジェットファームの長谷川さんでした。今年(2022年)の1月、長谷川さんから突然「今度東京に行く時には藤本さんとクレリエールに行きます!」と電話がかかってきたのです。関西に用事があったので、ついでに愛媛の藤本さんに会いに行き、いま一緒にいる、と。これをきっかけに藤本さんと連絡を取り合うようになりました。2021年2月の『ゴ・エ・ミヨ』授賞式の約1年後の話です。

長谷川さんからの電話の一週間後くらいに藤本さんから鯛とイカが届きました。それが本当に素晴らしくて、噂に違わぬ「驚きのクオリティ」でした。
僕が一番驚いたのは、「香り」です。箱を開けた瞬間から違う。全く魚臭くないのです。身質も素晴らしくて、焼いても蒸しても美味しい。すぐに藤本さんにお店で使いたい旨を伝えました。さらに、ちょうど2か月後に香川のオキオリーブを訪問する予定だったので、そのまま愛媛まで藤本さんに会いに行くことを決めました。
1月に長谷川さんから電話→数日後に藤本さんの鯛とイカが到着→お店で使うことを即決→3月頭に藤本さんがクレリエールにご来店→同月末に柴田が藤本さんを訪問。
約1年なにもなかったのに、長谷川さんの電話から怒涛の展開です。これも“ご縁”のなせる業でしょうか。

愛媛県今治にて、藤本さんと

お料理の話もしないといけませんね。最初に鯛とイカが届いた時、僕は藤本さんに「どんな風に食べたるのが一番良いか」を率直に尋ねました。対する藤本さんの答えは「好きに料理してください」。
そこで、数日寝かせて味の変化をみてみることにしました。結果、4~5日目が最も香りに伸びがあり、焼き上げた時の水分や筋肉の状態がベストに感じられました。調理法もいろいろ試しました。僕としては蒸したものが一番美味しかったので、それを藤本さんに伝えたら「うちの鯛は蒸すのが一番美味しいんだ」とのこと。また、蕪と炊き上げたお料理では鯛から出たお出汁がものすごく美味しかったので、それも伝えたところ「骨から出る出汁が本当に美味しいんだけど、前情報なくそのことに気づいてもらえるのは稀で、とても嬉しい」と大変に喜んでくださいました。
そうそう、寝かしている間も「味の変化」や「(それで作った)お料理のこと」を日々伝えていたのですが、「そんなことをするシェフは初めてだ!」と、とても驚いていらっしゃいました。僕としては、素材を提供していただいたら、それに対してフィードバックしたり自分が感じたことをきちんと伝えるのは当たり前のことなので、特別なことをしたつもりはなかったのですが・・・。「長谷川さんが言うだけある面白くて熱のあるシェフだ」と言っていただきました。その一方で僕自身も、藤本さんの素材に対する気持ちの深さや熱さに驚き、感動していました。毎日の僕のLINEにも毎回ちゃんとコメントを返してくださって、時には長いラリーになることもありました。僕も時間がない方ですが、早朝から漁に出ている藤本さんだって相当なものですよ。

そして3月になり、いよいよ藤本さんがクレリエールにお食事にいらっしゃいました。藤本さんの最高の鯛を、柴田はどんな料理にしてお出ししたのでしょうか?

僕は、藤本さんのお魚を使いませんでした。
理由は、藤本さんが「自分の一番」を送ってくださっているのだから、僕も「自分の一番」を返すのが筋だし、返したいと思ったからです。素材そのものに力があるので、美味しくは作れます。でも、扱い始めて2ヶ月足らず。まだ使い慣れていると言い切れないことは自分自身がよくわかっています。そうは言っても、レストランモナリザ時代からシェフとして生き抜いてきた僕です。使い慣れていない素材でも、これまでの経験と技術で良いお料理を作り上げることはできます。でも、「柴田秀之の一番」ではない。
藤本さんには事前にそのことを正直に伝えました。
そして、藤本さんの快諾の下、お出ししたメイン料理は「ドーバーチュルボのムニエル」。ドーバーチュルボは、ドーバー海峡で水揚げされる10kg越えの平目です。柴田渾身の一皿は、藤本さんから「凄い・・・!」のひと言をいただきました。

その数週間後、今度は僕が藤本さんを訪ねる番です。
そのお話は次回させていただきます!盛りだくさんですよ。どうぞお楽しみに。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

★過去の連載はコチラからご覧ください。

最初の連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」はコチラからどうぞ

 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール
 → 第五章 オーナーシェフの「仕事」
 → 第六章 ミシュラン三つ星を目指す

2つ目の連載「料理集」はコチラからどうぞ

 → 「ラ クレリエールの料理集1(第一皿~第五皿)」
 → 「ラ クレリエールの料理集1(第六皿~第十皿)」

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