まやかしのポジティブ 第5章【小説/ヒューマンドラマ/心理学】
-1- バイブル
「上から見た通り、派手な町だな」
少し目が痛くなるほどカラフルな建物を見ながら、ラディスは言った。
町を歩く人たちの服装も、建物と同化するような色のものが多いせいか、ラディスは不機嫌そうな顔をしている。
「嫌いなんですか? こういう雰囲気」
「人が多いところは好きじゃない。こういうカラフルさも苦手だ」
「どこも全部刺激が強い色ですもんね。変な屋根の家とか、接着剤で後から足していったみたいに増築されている家もあるし。それに……」
言い終わる前に、ラディスは頷いた。
町のあちこちに、「たくさん働いて幸せになろう」「意志の力があれば不可能はない」などと書かれたポスターが貼られている。言葉の横には、“バイブル”と書かれた本の写真がある。
「胡散臭さ満載だな」
ラディスは、不快感を隠さずに言った。
「お兄さんたち、旅の人かい?」
二人がポスターを見ていると、中年の女性が声をかけてきた。
「その服装、どう見ても町の人じゃないからね」
「はい、旅の途中で……」
マイが少し困ったように言うと、女性は、
「どこから来たの?」
乗り出すように聞いてきた。
「ティナルインの谷の向こうから……」
「あの谷を越えてきたのかい!?」
女性の大きな声に、周囲を歩いていた何人かが立ち止まった。
「えっと……」
「驚いたね、あの谷の向こうから来たって人、これまで一人しかいないってのに。あんたみたいな若い女がねぇ」
品定めするように視線を送ってくる女性に、マイは体がムズムズして、体を斜めにして腕を組んだ。
「俺たち以外にも、谷を越えてきた人間がいたのか?」
ラディスが聞くと、女性は頷いた。
「この町じゃ知らない人はいないよ。町の恩人だからね」
「どんな人なんですか?」
「谷の向こうから来て、廃れた町を変えてくれた人さ。アトラスって名前で、今も町のために頑張ってくれてるのさ」
「アトラス……?」
「ん? なんだい、知ってるのかい?」
「あ、いえ……この町って、ずっと前からこんなにカラフルなんですか?」
「ああ、ここは元々、旅芸人たちが作った町だからね。もし町について知りたきゃ、図書館に行くといいよ。ほら、あのトンガリ帽子みたいな屋根の建物がそうさ」
女性が指差した先に、オレンジ色の、空に向かって伸びている屋根が見えた。
「図書館には、この町の歴史についての本がたくさんある。それと、もし町のことを知りたいならバイブルもあるから、それも読んでみるといい」
「バイブルって、ポスターの写真の、これですか?」
「そうそう。それを読めば、町のことも分かるよ。
おっと、あたしは買い物の途中だった。そろそろ行かないとね。じゃあ、町を楽しみなよ、旅の人」
女性はニッコリと笑うと、人混みに消えていった。
「ラディスさん、アトラスって……」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?