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新入社員に贈りたい詩 茨木のり子さん「汲む―Y・Yに―」

そういえば、3年ほど前、新入社員研修で、茨木のりこさんの「汲む――Y・Yに――」を紹介したことがあった。

僕の会社は学習塾。当時、講師職として採用した10名ほど。ほとんどが、塾講師のアルバイト経験者だったが、一人だけ、未経験者の女性がいた。彼女は、研修が進むほど、自分と他の新入社員の差を認識し、目に見えて自信をなくし、元気がしぼんでいった。

研修内容は、模擬授業。新入社員には課題を与え、自分で授業を組み立て、他の新入社員と研修官を生徒役に見立てて授業をする。

都度、コメントをされて伸ばして欲しいポイントと、改善ポイントを伝えられる。それをもとに調整してまたチャレンジする……といったことを一日中繰り返すものだった。
研修官からは、そう厳しい指摘はない。ただ、改善点と、活かして欲しい本人の特性を明確に伝えるものだった。あとは、新入社員同士で指摘しあう中で、仲間意識を形成していくことも目的にあった。
互いが励まし合いながら、みんなで課題を乗り越えていこうという雰囲気を作り出したかった。

彼女は、家庭教師として、子どもの傍について丁寧に寄り添うスタイルでの教え方は経験があったが、大勢の人の前で一斉に伝えるという経験がなかった。前に出ると緊張し、自身のなさが声の大きさ、表情の乏しさにつながった。みんなの前で授業をさせるのが、かわいそうに思えるぐらい……。

ちょっとやばいことになったてきた……。

そんななか、彼女の模擬授業の後に、講師経験者である男性新入社員が、彼女の授業にコメントをした。
内容は的を射たものであったが、今の弱り切った彼女の様子を見た上で、決して彼女が受け止められるはずのない技術的な意見を強い口調で伝えた。
それはそれでよいのだが、僕が気になったのは、若干マウント気味にコメントすることで、研修官である僕や、他の新入社員に対して、自分の株を上げようという意図がありありと感じられることであった。見方によっては、弱り切っている彼女を踏み台にして自分がのし上がってやろうという気持ち……その場にいた他の新入社員の顔色からも、かなりの違和感を感じるコメントだった。

彼女のことも心配だが、彼もまた心配だ。
これから実際の生徒に対して向き合う彼がすべきコメントは、彼女に対して元気や勇気を与え、一緒に乗り越えていこうと励ますものであって欲しかった。
目の前にいる困っている人に対して、どんな言葉をかけてあげるのがベストなのか、まずそこに想いを込めて発言をして欲しかった。

そしてもう一つ、心配なこと。
それは、この二人だけでなく、研修を受ける新入社員全員が、この出来事を通して受ける気持ちの変化だった。
研修官である僕が次に発するメッセージで、おそらくこの期の新入社員たちの未来が変わると思った。
この会社は、何を大切にする会社なのか、何が自分たちに求められているのか、彼ら彼女らに、はっきりと伝えなければならないと感じた。
ただ、その日僕は、すぐにはっきりとしたメッセージを伝えることができなかった……。
弱り切った彼女、それに追い打ちをかけた彼、それに違和感を感じているだろう他の新入社員、それぞれに向かってどんなメッセージを送ればいいのか、すぐには思いつかなかった。

「汲む―Y・Yに―」

研修のあと、次の日の研修でどう進めるべきか、どんなメッセージを送るか、思い悩んでいた。まずは、彼女を救うことを考えた。彼女を思い浮かべていると、ふと、茨木のりこさんの「汲む――Y・Yに――」という詩が彼女と重なり合った。

次の日、新入社員が集まる前の研修室に、「汲む――Y・Yに――」をホワイトボードに投影しておいた。
照明を落とした研修室に、「どうした?」 という表情をして入っていく新入社員たち。
投影された詩を席に座ってそれぞれ読んでいく。
そして、何度も読み返す。

どんな風に感じているだろうか、不安にさいなまれながら、新入社員たちの表情を窺いながら研修室に入っていく。

僕は、みんなに意見を求めた。
この詩を読んでどう感じるかと。

ぽつり ぽつりと、手が挙がり、自分の感想を述べる。
それぞれ、自身の感じたポイントや刺さったフレーズなどを述べる。
心配していた彼女は、はにかみながら、「ちょっと勇気がでました」と。
自分に焦点が当たっていることは察しているようだ。どんな反応になるのか、これも心配だったが、クリア。

そして、もう一人心配な彼。
「詩を通じて、〇〇さん(僕の名前)が伝えようとしていることはわかりました。」と。悪びるわけでもなく、申し訳なさそうにするわけでもなく、ただ淡々と答えた。昨日の彼女に対するコメントの後、周りの人たちの反応に、自分でも違和感を感じていた。それに、他の新入社員からも研修後、指摘を受けていたと付け加えた。彼女に対しては、研修室に入る前に謝罪もしていたとのこと。

彼に対して僕がこれ以上言うことはなかった。
もうすでに新入社員同士で解決済みだった。

私は最後にちょっとだけ付け加えた。全員に向けて……。

「みんなには、教えることについてのプロになって欲しい。
 でもそれ以上に、人に対して優しくなって欲しい。
 優しくなれというは、
 誰に対しても、その人の成長を願い、
 想いを込めて言葉を選択すること。
 そして行動すること。
 これが、この会社で求める先生の在り方!」


かなり表情がピリッとした。

はじめは、ぎこちなくても、たどたどしくてもいい。
ちょっとずつ、先生になればいい。

在り方をしっかりと心に持っていることが大切。



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